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八ツ橋村 4/6


【万画一】
 さてさて、ここで再び、カメラは万画一探偵に切り替えて話を進めて参りましょう。
 原賀家の一室を借りて捜査本部が置かれ、事件の状況を細密に改められ、葡萄酒に毒物を仕込んだ可能性のある者のリストを作成した。
 しかし、それは厳密に考えると、昨夜、あの部屋、または調理場にいた全ての人間に可能性があると言わざるを得ない。しかも、外部の犯行であっても不思議ではない。それほど、多勢の人が行き来していたのだ。
 小泥木警部一行はその時、原賀家にいた者全てから事情聴取を行い、全員の行動を把握した。その中には万画一探偵さえも含まれている。
 では、和尚を殺害する動機を持った人物はいないかと言う事も話し合われ、村の人間関係を表す相関図なども作成された。
「やはり、どう考えても、原賀家の新しい跡取りとして辰也氏が迎えられた事と、この殺人が何かしらの因果関係があるとしか思えませんな」
「でも、しかし、何故、和尚さんなんでしょう?」
「あの人には身寄りはいないそうですね。あの人を殺した所で誰が得をするのでしょう?」
「さあ、果たしてこれは、和尚さんを狙った殺人なのでしょうか?」
「鑑識の結果、毒物はひ素と断定されたようですが、ここの農家にはどこも倉庫にひ素を保管している様です。つまり、誰にでも手に入る」
「ここの銘菓はもともと原賀家の焼菓子だったらしいのですが、今は飯尾家の生菓子が主流らしいです。その辺の主権争いも何か関係してますかね?」
「そもそも八ツ橋村の八ツ橋の名の謂れ、ご存知ですか?」
「いえ、何ですか?」
「村に流れる川に八つの橋があるからでしょう?」
「いえ、それだけではないらしいです」
「と、言いますと?」
「元々は落武者が八人、この村に流れ着いた事から始まるらしいです」
「落武者ですと!」
「平家ですか? 源氏ですか?」
「いや、そんな有名な武士では無く、大阪の方から流れ着いた浪花なにわ家というらしいです」
「聞いたことないですなあ」
「ええ、浪花武士と言われるローカル武士らしいです」
「浪花武士ですと! もしや人情物のお話ですかな?」
「で、その落武者が何か?」
「村に辿り着いた時、腹ペコらしくて、メシをくれーと叫んだらしいのですが、村の者はそれに応じなかったらしいです」
「なんと、それは本当ですか?」
「いや、伝説ですから、真偽の程は……」
「それで亡くなった武士達を供養する意味で八つの橋が架けられたらしいです」
「何故、橋を?」
「いや、当時は橋がない事を理由に断ったとの噂で……」
「ほう、それはまた……」
「当時、村に百歳を超える神様と呼ばれる婆様方が八人いらして」
「ほう、長寿の村だったんですな」
「その婆様方がそれぞれ橋を架けるように指示をした、とか」
「ふむふむ」
「それから、村は平和な時代に入ったとか……」
「へぇ」

 以上の会話は、小泥木警部とニコラス刑事、そして万画一探偵の三人の会話である。誰がどのセリフなのかはテキトーにお考え下さい。

 そんな捜査会議風昔話が交わされて時間も深夜になり捜査陣達もうつらうつらとその場で雑魚寝をしていた。
 そこへ、周囲を巡回していた刑事が突然、大声で駆け込んで来た。
「来てください。濃茶の婆が殺されました!」
「何っ!」
「濃茶の婆と言いますと、あの村の入口付近にある茶店の婆さんかね?」
「そうです。餅を喉に詰まらせての窒息死です」
「え?」
 とにもかくにも、小泥木警部達三人は茶店に急行した。
 茶店の奥に居間があり、そこで濃茶の婆は倒れていた。すでに鑑識と検視官が現場を捜索していた。
 室内は散らかっていたが、それは荒らされた訳ではなく、元から掃除をしていないだけだった。その部屋の中央で婆は倒れている。目をかっと見開き、大きな口を開けて天を仰いでいる。
「どうやら物盗りの仕業ではないらしいな」
「推定死亡時刻は何時頃でしょうか?」
 ニコラス刑事の質問に検視官は答えた。
「おそらくは昨夜十二時前後だと思われます」
「なるほど、その時、誰か、ここを訪ねた者がいる様ですかな?」
「人が訪ねて来た形跡は無さそうです」鑑識係の一人が答えた。
「それだと、事件ではなく、婆さんが一人で餅を食べていて喉に詰まらせたという、事故の可能性が大きいですね」
「そうかも知れん。だが、昨夜の事があり、タイミングが良すぎる。事故と事件、両方の可能性を考慮して捜査に当たろう」
 警部がそう言った時、万画一が何かを発見した。
「あっ、これは?」
 老婆が片手に握っていたものは、八ツ橋の生菓子であった。
「すると、喉に詰まらせたのもこの生菓子である可能性が高いですね」
「う〜む、この村では、こんなもの容易く手に入るからのう。とにかく、指紋や足跡、目撃者情報など、詳しく調査してくれ」

 再び、原賀家に戻った警部達は、朝食件昼飯を食べながら、意見交換をした。
「和尚に濃茶の婆、一見、辰也の原賀家襲名とは無関係にも思えるが……、万画一さんはどの様にお考えですかな?」
「はあ、実は辰也氏の遺産相続を巡って殺人事件が起こる可能性を指摘した人物がおりまして」
「え、それは誰なんですか?」
「この村の外部の方です。つまり僕の依頼人でして、殺人事件を解明して、辰也氏を無事に帰るのを見届けるのが今回、僕がこちらに来た理由なんです」
「やはり殺人は遺産相続と関係あるのだとその人は言っておられるんですな」
「それはどうだか分からないのですが、辰也氏がこの村に戻ったことをきっかけに殺人が起こる可能性を示唆していたと思えるのです」
「万画一さん、その人が誰なのか、お教え下さいませんか? その方に訊けばせめて動機が判明するでしょう」
「それは僕が調査してみます。すみません警部さん、僕には守秘義務があるので、依頼人の事は打ち明けられないのです」
「そうですか。ではやむを得ないですな。そこはあなたの立場を尊重しましょう。でも知り得た事実はこちらにも情報としてお伝えくださいね」
「それはもちろんです」


【ホームス】
 一方ホームスは村で知り合った猫達と一緒に村の迷路を走り回っていた。猫の世界にもボスがいるとの事でホームスはそのボスに会うため、通称『アジの干物』と言われる迷路の奥地までやって来た。
「ここら辺は廃屋が多くてな。普通の人間では辿り着けん場所じゃよ」猫のボス・ユウコは言った。
 ユウコはかなりの老猫で茶色の毛をボサボサにしていた。
「はじめまして、ワタシはホームスです」
 もちろん会話は猫語でやり取りしているのであるが、ここは便宜上日本語に翻訳してお送りしています。
「なかなかお前さん、見事な毛並のオッドアイじゃな。しかもなかなか頭が切れると見た」
「いえいえ、とんでもございません。まだまだ駆け出し者の身です」
「うむ、そういう謙虚な姿勢が良かろう。こちらに来るが良い」
 ユウコはホームスを自分の部屋へ案内した。
「あ、これはたくさんのアジの干物ですね」
「そうよ。ここは元干物置場だったのよ」
「元と言いますと、今はもう違うのですか?」
「ああ、ここを管理していた濃茶の婆という人間が死んでしまったからな。でも蓄えがこれだけあれば、当分は心配要らない」
「この村で昨日今日と人間が死んでいる様ですが、何か心当たりはないでしょうか?」
「うん、濃茶の婆はともかく、和尚の方は殺されたな。しかも人違いじゃ」
「人違いとは?」
「本当は飯尾九央を狙って出された毒入り葡萄酒のグラスが直前になって入れ替わった」
「犯人をご存知なのですか?」
「それは知らん。だが、和尚が九央のグラスを横取りしたのを見てたのよ」
「ボスも昨夜は原賀家に来てたのですか?」
「ああ、飯を漁りにな」
「そうでしたか。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」ホームスはペコリと頭を下げた。
「ほっほ、そんな事は気にするでない。猫は気ままで自由なものじゃ」
「ありがとうございます。しかし、何故、九央が狙われたのでしょう?」
「それはな……」
「はい」
「それはな……、うっ」
「ボス、どうしました?」
 その場にユウコはうつ伏せに倒れた。
「ボス、どうしました? 誰か、誰か〜!」とホームスは一瞬、慌てたが、次の瞬間、ユウコはグーグーといびきを掻き始めた。
「なんだ、寝たのか」
 仕方なくホームスは、ボスの家を後にした。
 元の道へ戻ろうとしたホームスは人間の足音を聴き、そっと陰に隠れた。
「ほぉ、あの人は確か……」
 その人物は『アジの干物』の家屋の中に消えて行った。


【小泥木】
 その日の夕方、原賀家の小泥木警部あてに一本の電話が入った。
「あ、警部さんですか? 私、飯尾です」
「飯尾さん、九央さんですか? 何かありましたか?」
「はい、実は私宛に怪文書が届いたんです」
「何? 怪文書ですと!」
 その場にいた者が全員、警部の声に驚き、腰を上げた。


【辰也】
 さて、飯尾家から帰って、まだ夕飯までにはたっぷり時間があったので、私は原賀家の新当主として、八ツ橋焼菓子工場でも視察してみるかなと思い立ち、また世手代に案内をお願いしてみたのだが、彼女も何か別の用があるらしく、近くだから歩いて行きなさいよと、素気なく突き放された。
 ふん、ちくしょー、とさっぱりやる気を失ってしまったのだが、言い出したものは仕方ないと思い、Tシャツ姿でぶらぶらと歩いて原賀家を出た。
 工場では数人の職人達が機械を操って焼菓子を生産していた。工場長らしきおじさんが出て来て、製造工程を見学させて貰ったのだが、ちっとも興味が湧かなかった。
 一通り見終わった後で、試食として、焼菓子を出されたのだけれど、カチンカチンで硬くて食えたもんじゃない。 
「は? こんなんじゃダメだ。マカロンとか、クレープでも作れよ」と私はほざいてみた。
 私のいい加減なボヤキを工場長は本気にしたみたいで、「はっ、では早速、研究して参ります」と工場の奥に引っ込んでしまった。
 まあ私としては相続してしまえば、こんなボロ工場はさっさと売り飛ばして、引き上げるつもりでいたので、気にする事は無かった。
 工場を後にして、帰るにはまだ早い気がしたので、村を一回りして手頃な娘を見つけたら遊ばせて貰おうかなと疾しい気持ちで村の通りをほっつき歩く事にした。
 道に迷ってもまたどうせ、あの白猫が助けに来てくれるだろうと軽い気持ちでふらふらと彷徨った。
 小径を曲がり、また別の小径を曲がり、川に出ると橋を渡る。さてさて途中にいろいろあって、ここらは村のどの辺りかなと思い始めた時、どこかでタタタッと足音が聴こえた。ん? 何だろう? そちらの方だな、行ってみる。またタタタッと音が聞こえる。よし、そっちか、捕まえてやると角を曲がる。と、突然目の前が真っ暗になる。
 あれ、何だ? 何か布袋の様な物を頭に被された。目の前が見えない。と、今度は紐の様な者が身体に巻き付く。あらら腕が動かなくなる。足の方にも紐が巻き付く、あらら、あららと思う間もなく、口の辺りをハンカチかタオルみたいなもので塞がれる。何か強烈な薬品の匂い、あああ、意識が遠ざかる。身体が言う事を聞かない。誰かの腕に崩れ落ちた。
 それからどれ位の時間が経ったのか、気が付いた時には、手足が縛られ、頭から布袋を被されたまま、私は冷たいコンクリートの床に転がされていた。どこか知らない建物の中らしい。
 口の周りを固くタオルか何かで縛られていて、声が出せない。助けてぇと、大声で叫んでみるのだが、もごもごするだけで、声にならない。
 手足をバタバタと動かしてみる。身体をゴロゴロ転がしてみる。しかし、身体を縛ったこの紐はどこか大きな柱にでも括り付けてある様で、その場を離れることも、立ち上がる事も出来ない。
 暴れ疲れて、横たわったままでいると、どこかで引き戸が開けられる音が聞こえて、足音がこちらに近付いて来た。
「気が付いたかね」
 誰の声だ? ボイスチェンジャーでも使っている様な電子的に加工された声。
「んんんん……」お前は誰だ? と言ったつもりだが言葉にはならない。
「足掻いても無駄だ。安心しろ、殺しはしない」
「んんん……」
「いいか、よく聞け、遺産相続を放棄してこの村を出て行け。さもないと、その時こそ命はないぞ」
「んん……」
「分かったか?」
「ん……」仕方なく私は何度か頭を動かし、頷いた。
「さて、悪いが、もう少しこのまま眠ってて貰おう」
「うぅ〜っ」
 またあの強烈な薬品の匂いが口の周りから呼吸する鼻に伝わり、意識が遠のいて行く。
 ああ、まったくもう!
 こんな村……、来るんじゃ…….無かっ……た……。


続く



注: この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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