あの感じを言葉に

 そんなに多くは読まないが、昔から本を読むことは好きだった。有名な日本文学に手を出したり、かと思えばライトノベルや流行のミステリーを読んでみたり、なんとなくその時々の自分の気持ちにあったものを手に取っていた。しかし、エッセイだけは読んだことがなかった。おそらく、学生時代に国語で読んだくらいだ。思い返せば、その当時からエッセイや随筆は好きじゃなかった。

 あるとき、何か本が読みたくて近所の古本屋に行った。手に取ったのは、梨木香歩さんの「春になったら苺を摘みに」だった。確か季節は秋ごろだった。寒風が吹き始めたころで、春が待ち遠しかったからなのか、なぜかタイトルが気に入りすぐに購入した。

 帰宅して、読み始めて後悔した。エッセイだったのだ。梨木さんが下宿先の「ウェスト夫人」や下宿人たちとのやり取りを綴ったエッセイだった。購入してしまったのでどうしたものかと思ったが、少しだけと読み始めると、もう少し、もう少しという間にどんどんページが進んでいった。

 ウェスト夫人をはじめとする登場人物たちがおもしろいということもあるのだが、それよりもそのウェスト夫人や個性豊かな下宿人たちとの出来事を言葉で表現している梨木さんの感性に惹かれた。

 梨木さんの作品を読んでいると、「あの感じは、そういう言葉で表すことができるのか」と気づく。だからと言って、それを押し付けるわけでもなく、そこに置いてくれる感じがする。そして、なによりも表現の仕方が素敵なのだ。

 きっと、自分の中だけではなく、自分と対象との間に起きていることを感じ取り、言葉にすることに長けた人なんだと思う。それは物事を俯瞰するとか、距離をとって見ることではなく、そのままを感じとって言葉にすることだ。職種はまったく違うが、私も感じていることを言葉にすることが求められる仕事なので、その力に憧れている(最近では、専門書よりも梨木さんの本のほうが感性を磨けるのではないかと思っているくらいだ)。

 いろいろな感じを言葉にできるのは、どんな気持ちになるだろう。大切な人と険悪な雰囲気になったとき、大自然に触れたとき、思いがけず人から感謝の言葉をもらったとき、凄惨な事件のニュースを見たとき、あの感じを言葉にできたらどれほどよかっただろう。

 まだまだ私には扱えないあの感じがある。それを気づかせてくれたり、少しだけヒントをくれたりしたのが梨木香歩さんの作品だった。

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?