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【エッセイ】noteと私と雨音と‥。


短いようでそれでいて濃淡のはっきりした秋が終わりを告げようとしていた。



なにかに追われるように、まるで突き動かされるように心が外へと動いた季節だった。
窓の向こうに今その瞬間にしか見えない景色が
待っている気がした。



どうしても見たい。行きたい。
あんなにも強い気持ちは久しぶりだった。
だから、押されるままにそのレールにこの身を委ね、止まることなど考えず‥ただそこに心ごと置いていたかったのだ。


移り行く季節はどうしていつも、わたしをセンチメンタルへと導くのだろう。



お気に入りの写真集を片手に
ソファーに座りブランケットにくるまる。
ひんやりした床の感触が、足先に残り
寒っと思わず呟く。



パラパラとアスファルトを打つ雨音が、部屋の中を行き来する。こんな日は決まって逸る心と裏腹な、表情の見えない感情が顔を出す。私を支配する名も無き感情。
そしてそこにどっぷりと浸りたい自分のことも
よく知っていた。



入れたばかりの珈琲。
赤いパッケージの板チョコレート。


カーテン越しに見える灰色の空。
窓に描くいくつもの雨の雫‥。



あの日もこんな空だった。



はじめてnoteを開いたのは
三年前の九月。

SNSに疲れ果て、それでも何かを書いていたかった私は、持て余した心と言葉たちの行き着く場所が見つからないまま、すがるような気持ちでこの場所へ辿り着いたのだ。


まるでここは、雨音が静かに流れる図書館のようだと思った。
曇りでもなく晴れでもなく、雨の音がBGMの
ように微かに聞こえるそんな場所だと思った。



誰もが思い思いの時間の中で、無関心を装いながら、それでも少なからず関心を持ち
遠すぎず近すぎず‥付かず離れずの程よい距離感が、そこには存在していた。


それまで私は、掌に収まるほど小さな箱の
狭い世界で、良くも悪くも画面から伝わる情報に一喜一憂を繰り返していた。



あの頃、そこがすべてだと思っていたのだ。
言葉を紡ぐ場所を失うのが怖かった。
本当に怖かった。それを依存だと気づき、そこから飛び出すまで、どのくらいの時間を要したのだろうか。
鍵を差し込み、重たい扉を開き
後ろ髪をひかれる思いで外へ出たのだ。

 

それほどまでに、濃い時間を過ごしていた私にとって、必死で泳ぎ着いた先は、少し戸惑うくらいの温度だった。



上げ方も下げ方もわからないエアコンのスイッチを無意識に探してしまうような‥どこか心許なく淋しくて‥。
でもその心細さが、あの頃の私には丁度良かったのかもしれない。



軽やかな音が耳元で鳴り、手から写真集が
パサッと落ちた。
LINEの着信音だったことを認識するまでに一瞬の間が空く。どうやらいつの間にか眠っていたようだ。夢なのか現実なのか、どれほど時間が経過したのか分からず思考が追い付かない。


微睡みながら窓の外に目をやると
雨が上がり、薄水色の空が微かに見えた。
ふと、脳裏の中に流れるBGMがいつからか雨音で無くなっていたことに気づく。  


数年の時を重ね、いつしか私の心の雨も止んでいたのだ。そのことをもう意識することもないほどに。


あれからたくさんの写真や記事をここに置き
noteと共に過ごしている。
何の為かと問われれば、途端に口が重くなるのだがその答えもきっと、時を経ていつか分かる時が来るのかもしれない。
 


あの頃感じた温度とはちがう暖かさと
見守っていただいているような安心感があるのは、わたしの思い過ごしだろうか。

 

それでもいいと思った。
勘違いという名の小さな自信すら失ってしまえば、ここに存在することさえできなくなるだろう。


周期的に書く意味を自身に問うことは
生きる意味を問うことに似ている。



それほどまでに心を占めているのだ。
それならば、きっと‥それほどまでに自分に必要なことなのだろう。


noteを開く。文字を紡ぐ。
生きている。それでいい。


いつか問うことさえなくなるといい。
自分の一部となり溶けこんで‥
そのことを意識することもないほどに。























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