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耳屋⑦ 職場の魔女の話

耳屋さん、もう話し始めていい?

「はい。いつでも、どうぞ」

耳屋は、ロイヤルミルクティーに砂糖を入れながら応えた。



私は、とある組織が主催する研修の事務局の仕事に就いたんだ。

そこでは、業務をA社が請け負い、請負先に常駐のA社の社員2人と私を含む派遣4人で業務を進めるって事だった。

私達派遣4人が入るタイミングで元々働いていた派遣の人が全部辞めるって事になってた。

ちょっと、ヤバい匂いがするでしょう?

私が入った時には、既に元々の派遣の人は2人しか残っていなくて、そのうちの1人は、翌日が最終出社日。もう片方の鈴木さんは、引継ぎのため必要な数日のみ来るって。

私が配属になったチームは若い社員の羽鳥さんと、私より3週間早く入った派遣社員の同僚高橋さんと私の3人編成。
もう一つのチームは、年配の社員和田さんと派遣2人の3人編成。

説明が長くなっちゃって、ごめんなさいね。

私が仕事に就いた初日に、同じチームの高橋さんと鈴木さんと3人でランチしたのね。
食べている間、鈴木さんはずーっとこの職場で遭ったイヤな事を話し続けたの。

「何でこの職場に来ちゃったの?私が他の仕事探してあげようか?」

と言って、その場で転職サイトを開いて、こんなに他の仕事があるのに。ほら、これなんかこんなに時給がいいよー、って満面の笑み。

なんか、モヤッとしない?


鈴木さんが担当する最後の研修事務局の前日に

「やっぱり、事務局をする時は、ジャケット着用ですか?」

って聞いたら、

「えー?!事務局は忙しく動くから、ジャケットなんて着てられないわよー」

って。

それなのに翌日、出社した鈴木さん、バッチリジャケット着用で登場したの。


怖くない?


その研修の手伝いに入る事になってなくて良かった。
下手すれば、動きやすさ重視のカジュアルな服装で行って、すっごい見劣りする人になるところだったわ。


鈴木さんは、事あるごとに、

「わたしは、もっと早くここを辞めたかったんだけど、いくら言っても辞めさせて貰えなくて、やっと辞められる事になって、嬉しいわぁ。でも、わたしが居なくても、事務局成り立つかしら?社員の2人は全然何も分かって無いのに…。羽鳥さんなんて、ずーっとパソコンに向かってるだけで何もしないのよー」

って、言うのね。


同僚の高橋さんの目撃情報では、高橋さんが入ってすぐに、上司の面談から戻ってきた鈴木さんが、大号泣しながら席に着いたんだって。
そして、自席の電話を使って労働基準監督署に大声で泣きながら電話して、

「辞めさせて貰えないんです〜」

って訴えた事があったって。

高橋さん曰く、オトナであれほど泣いてる人って、今まで見た事ないって。

高橋さん、それを目の前で見て、良くぞ辞めずに居てくれた。


鈴木さんは、どう言う立ち位置なのか分からないけど、六本木にある会社に所属しているから、ここを辞めてもそこに戻るだけだって言うのね。

引継ぎのために来る時は、六本木の職場から来る事もあって、なんかすっごい高価な差し入れ的なモノを持参なの。
例えば、スタバのグランデサイズのキャラメルマキアートとドーナツをそれぞれ一つずつとか。

バレンタインの時にしか見ないようなチョコレートを配ったり。

六本木の職場では、夕方になると職場の若い男の子達が、毎日夕飯の誘いに来るのよ。
それで、わたしが行かないって言うと、皆、がっかりしちゃうの。
だって、わたしと一緒だと、お金出して貰えるから。
でもねー、わたしのデスクの引出しには、いつもお金を入れてあるから、いつでも勝手に開けて好きに使って良いって言ってあるのにねー、うふふ。


って、何者なの?鈴木さん。


私達と別のもう一つのチームでは、2人の派遣が鈴木さんから引継ぎを受けている時に、一緒にいるのに片方にしか引継ぎの内容を話さなかったんだって。

教えて貰えない方の子が、
「私にも教えて下さい」

って、頼んだら、
「またの機会にね」

…意味分かんない。鈴木さんはあと数回しか来ないのに。



鈴木さんが居なくなって半年程経つ頃、社員の和田さんが、

「半年間、ヒトの入れ替わりがなかったのは、はじめてだよなー。これまでは1ヶ月にひとりは辞めてたから」


私達派遣4人をいっぺんに入れたのって、鈴木さんに不要な事をそれぞれに吹き込まれない様にだったんだって。


ハロウィンが近いその日、全員の頭の中に魔女の服装の鈴木さんが浮かんだ。

鈴木さんは、本当に辞めたくてしょうがなかったのだろうか…。


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