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act:26-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【後編】β公開版

 1976年(昭和51年)晩秋、小学4年生のオレは御宿からやってきた祈祷師のおばさんに、我が家が去年埋めた古井戸の水神様に祟られていることを聞いた。おばさんは急遽祈祷をあげてくれて、一旦は鎮まったということだが、なにせ相手は神様だ。再度あらためて祈祷に来るらしい。
しかしオレとユーイチは、実はその井戸でしょっちゅう連れションをしていたのだ!そもそも井戸に神様がいるだなんて、オレたち小学生が知るわけないだろう。なぜ誰も教えてくれなかったんだ!
‥とはいえオレたちは、いくら知らぬこととはいえ、どうもトンでもないことをしてしまったらしい。まったく後悔先に立たずだ。

(井戸には水神様がいらっしゃいますので、令和の良い子は絶対こんなことをしないように)

連れションについては、もちろん最高機密扱いなので大人たちには一切知られていないが、たとえ大人たちが知らなくとも、連れションをしたオレとユーイチの罪は消えない。間違いなく激しく祟られていることであろう。
そこでオレたち2人は、埋めた井戸の水神様の怒りを鎮めるべく、我が町が誇る文化と生活水準の高さの象徴「スーパーデンベー」にてお供物を用意し、しっかりお詫びをすることにしたのであった。

‥と、まぁここまではプロローグでしかない、詳しくは前章 act:25-水神様の祟りと御宿の謎のおばさん【前編】を参照してほしい。


 オレとユーイチは、青龍神社せいりゅうじんじゃを出ると、すぐ酒造小路しゅぞうこうじに入り、ゆるい坂をあがる。この自動車一台分の幅しかない小道は、造り酒屋の豊乃鶴酒造とよのつるしゅぞうの脇を抜ける道なので、昔から酒造小路と呼ばれている。
そういやこの前の夏やすみ、この坂を登り切ったところに巨大なオオスズメバチの巣が出来てて大騒ぎだったんだよな。しかしツワモノぞろいのオレたち大多喜無敵探検隊は、大多喜の愛と平和を守るため極秘のうちに殲滅計画を立案し、そして果敢にも作戦を決行!
見事オオスズメバチの巣の破壊に成功したんだ。

(オオスズメバチは大変危険なので、駆除は行政機関や専門業者にご相談ください、けっして私たちの真似をしてはいけません。)

まだその巣の残骸は残っているが、もうオオスズメバチたちはいない。まさに「兵どもの夢の跡」だ。きっとオレたちの活躍に、町民たちも陰ながら大いに感謝していることだろう。でもどうか気にしないでほしい、オレたちは決して感謝されるためにやっているのではないのだ。何よりこの大多喜町の愛と平和を守ることがオレたちの使命、その務めをただ真摯に全うしているに過ぎない。
‥とはいえ差し入れはいつでも歓迎だ、お菓子やお小遣いをくれてもいいんだぞ町民諸君フフフ、フフフフフ。

 そんな坂を登り切り、作り酒屋の建物に沿ってテクテク行くと、やがて酒造小路は国道297号線のカーブに突き当たる。道の向かいは魚屋「魚七」だ。今日もオッチャンが威勢よい掛け声で近所のおばさんを出迎えている。
ここの魚屋は、海の町出身のうちの父さん母さんが揃って太鼓判のお店なんだ。おかげで年中活きのいいアジやサバ、カツオを母さんがここで買い込んできては、毎日せっせと食卓に並べてくれる。
まぁ確かに魚七の魚は旨い、旨いのは間違いない、そこは認めようじゃないか。だがな、オレはこの魚七のせいでサカナを食べ過ぎじゃないかと最近では思っている。その反動なのか、一度でいいからマルシンのハンバーグを吐くほど食べてみたいんだ。それも1個や2個じゃない、5個や10個は詰め込みたいぞ!そう、吐くほどにだ!
10個のマルシンハンバーグぜんぶにブルドック中濃ソースをベッタベタにかけて、腹にバクバク詰め込むのが最近のオレの秘かな野望なのである。

(現在も売られるマルシンハンバーグ、大人の私は3つが限界でした)

‥まぁ魚七の話は今はどうでもいいや。ちなみにこの国道のカーブは、正確にはクランクというやつで、カーブが90度になってて向こう側がたいへん見えにくいのが弱点だ。実際この魚七の前のカーブ(クランク)では、自動車の接触事故や人身事故が案外起きるので、オレたちは「魔のカーブ」と呼んで第一級の警戒区域として注意している。
まぁ今日は、そんな道の向かい側には用はない、このまま道なりに角の八百屋と布団屋の前を抜けて、スーパーデンベーに一直線なのだ。


(閉店して久しいスーパーデンベー 2013年撮影 現在跡地には太陽光発電パネルが並ぶ)

 ほどなくしてオレとユーイチは、スーパーデンベーの前に着いた。
ここは、大多喜駅前のディスカウントストアーポピンズと並び、我が大多喜町の文化レベルと生活水準の高さを見事に反映した2大巨頭のお店のひとつだ。その品ぞろえと低価格は、県庁所在地の大都会「千葉市」にも引けをとらないであろう。ひょっとしたら日本国内でも、有数の存在なのではないだろうか。多分そうだ、そうに違いない!
故にそんなスーパーデンベーの前にくると、いつも軽い緊張感をおぼえるオレなのである。「今日はどんな商品に出会えるだろう、テレビCMでやってたあのお菓子はあるだろうか」とワクワクする反面、都会人にも引けを取らないお店だからこそ、店員たちに田舎ものと笑われやしないかと、どうしても身構えてしまうのだ。ちょっとドキドキするぞ!

ピンポーン‥
(ブィーーン)


店先で立ちすくむそんなオレの気持ちなど知る由もない自動ドアは、来店を知らせるチャイムと共に、曇った作動音を響かせガラス扉を横に開いた。
自動ドアなんて、め、珍しくなんかないんだからな!
実はこの自動ドアも、オレに軽いプレッシャーを与える存在だ。だって大多喜には自動ドアなんて滅多にないんだ。そのせいか、いつも開かなかったらどうしよう挟まったらどうしようと、ついつい余計なことを考えて緊張してしまう。
しかしデンベーの門は今こうして開かれた、どうやらオレたちは招かれているようだ。もう後戻りはできないぞ、いざ行かんスーパーデンベーに!

 スーパーデンベーの店内は今日も百花繚乱ひゃっかりょうらん、まるでテレビでみる大都会のようだ!ここはまちがいなく大多喜のどこより多くの商品であふれかえっている。うんうん圧倒的じゃないか、まぶしすぎるぐらいの光景だぞ。ここにいるだけで心の底から幸せな気持ちになれる!
お店は、入ってすぐに新鮮な果物が並び、その奥にパンやお菓子コーナーがある。最奥部には肉や魚などの生鮮食料品が並ぶのだが、オレたちが求めているのはこの店内の主に手前側、パンやお菓子コーナーだな。ここでササッと買い込んで、今日のところはとっとと帰りたいと思う。
まぁ今日のオレは、ナウでヤングなジーパン姿なので、都会派のスーパーデンベーのドレスコードでもまったく問題なかろう。だが問題はユーイチだ、ヤツはいつもの大多喜小学校のオレンジ色の体操着姿で、しかも秋も深まりつつあるというのに半袖半ズボンなのだ、あまりに田舎者丸出しで危険すぎる。このままでは2人揃って田舎者認定を受けて、最悪の場合、店を追い出されてしまうかもしれない、気付かれないうちに一刻も早く買い物を済まし、速やかに店を出るのが望ましい。
どうでもいいが、ユーイチはいつもどおり愛用の金属バットを手にしたまま、当たり前の顔をして店に入ってきていた。
おまえなぁ、そういうものはお店に持ち込んじゃイカンだろう、田舎者認定だけじゃなく強盗に間違われて、大多喜警察署に通報されるぞ!

 「おい見ろよ隊長、こりゃースゲェぞぉ!」
ユーイチの声に振り向くと、そこにはハートチップルがワゴンに山摘みになっていた。一袋30円なのに、ここでは20円で売られてるぞ!つまり4個の値段で6個も買えるということじゃないか。ほほぉ、これはちょっとスゲェ!
ユーイチは宝の山だと狂喜し、カゴにハートチップルをドサドサと詰めはじめた。今日の目的はあくまで水神様へのお供物の購入だ、水神様がニンニク臭いハートチップルをそんな大量に欲しがるのか少し疑問に思うが、さっきヤッチャンが言ってたとおりに、自分が美味しいと思うものをお供物にという考えならば、少なくともユーイチお勧めのお供物はこれなのだろうな。
でもなぁ、水神様はともかく、ヤツはこんなにハートチップルを食べたいのか、ヤツの息が過激にニンニク臭くなりそうだぞ、まぁいいか‥。

(左:現在も販売されるリスカ社製造の「ハートチップル」写真はLサイズ 右:明治製菓が製造していた「カール カレーがけ」昭和44年/1969年版)

そしてオレが大好きなカールのカレーがけも他所では100円なのに、ここでは90円!なんと浮いた10円で、駄菓子屋でクジが出来そうじゃないか!これもせっかくなので買っていくことにしたい。
‥でもこれじゃ駄菓子屋もたまったもんじゃないな。
オレが手に持った店内用の買物カゴは既にハートチップルでいっぱいだ、そこにカールのカレーがけと、ユーイチ所望のカールのチーズがけを突っ込んで、オレたちはパンコーナーに向かった。次に狙うは山崎パンの傑作スペシャルサンド!これを買わずにどうするというのか!
スペシャルサンドは、あんずジャムとクリームがサンドされ、中央にシロップ漬けのチェリーが入ったスペシャルなコッペパンだ、このゴージャスさは他に類をみない、まさに貴族向けの菓子パンといえよう。ちょうどオレのような高貴な子供にこそ相応しいものなのだ!
そんなハイグレードなパンゆえに、これには水神様も大喜びしてくれそうだ、きっとオレとユーイチへの怒りを、水神らしく、きれいさっぱり水に流してくれることだろう。

(昭和から令和の現代まで、凡そ50年は販売されている山崎製パン「スペシャルサンド」)

あとは飲み物、やはりここはコーラ一択だろう。ただオレが好きなペプシコーラはスーパーデンベーでは取り扱われていないので、今回はコカ・コーラでいこう。なんでもコーラならコカ・コーラが世界で一番売れているというので、神様に出すなら世界最高のコカ・コーラのほうが神様ウケがよさそうだ、そしてユーイチは千葉県が誇るマックスコーヒーを選択だ。完璧じゃないか我々のセレクトは!
オレたちはそうして一通り欲しいものを店内買い物カゴに詰め込み終えると、レジに向かった。
そこでお店のおばちゃんは疾風はやてのような早業で商品を次々と手に取りレジを叩くと、これまた疾風のように買い物金額を計算してくれた。
シメて620円なり
え?うわ高けぇ!
‥そうか、いくらモノが安く買えるスーパーだからって、これだけ色々買っちゃうと高くなっちゃうんだな、まぁ当たり前の話だな。でもまぁユーイチも半分出すだろうし、そうすりゃ1人あたり310円か。まぁそれでも高いけど、今回は水神様の怒りを静めるためだ、仕方がない出費だろう。
オレは、なけなしのお小遣いからお金を支払ってデンベーを後にした。
「ユーイチ、あとで半分払えよ、310円だ」
ユーイチは少し間をおき、そして小さな声で「‥お、おぅ」とだけ答えた。

 さぁ次はオレとユーイチで、水神様にお詫びをするぞ!これで一件落着間違いなし!今買ったお供物を井戸の跡に並べて、心の底から水神様に謝るんだ、そしていよいよお待ちかねのお菓子パーティだぞフフフフフ。


 オレたちは来た時と同様に、酒造小路を通って帰路についた。帰りは下り坂なのでラクラクちん、坂の根元にある一本杉まではボーナスステージだな。
やがていつもの青龍神社の前に着いたが今は素通りだ。そう、オレたちには使命がある!暇人のクニオやヤッチャン、ヒロツンとは違うのだ。
オレたち二人は、あいつらがダラダラたむろする神社の広場を横目に、そのままオレんちとユーイチの家の隙間から、ウチの裏庭にたどり着いた。
ちなみにユーイチの家はオレんちの隣だが、さらにウチの裏手にはユーイチの父さんの作業場があるんだ。ユーイチの父さんは大工の棟梁で、オレは裏庭からユーイチの父さんが作業するのをブロック塀ごしに覗いては、いつもワクワクしている。職人さんって器用でかっこいいんだよな!
でも今はユーイチの父さんはいないようだった、しめしめちょうどよかった、秘密の儀式をするには好都合だぞ。天は我らに味方している!

 まずオレとユーイチは、古井戸を埋めたあたりに胡坐あぐらをかいて座り込むと、お菓子とジュースが入ったレジ袋を一旦逆さまにしてぶちまけて、それからきれいに並べ直した。大量のハートチップルの赤いパッケージがやけにまぶしいぞ。さぁここからが重要だ、気を抜いては水神様の祟りが倍増しかねない!
‥しかしだ、ここでオレたちは考え込んでしまった。一体全体どうやって謝ればいいのだろうと。迂闊だったな、さっきヤッチャンに聞いておけばよかった。うーん、初詣の時みたいに頭の中で謝るか、それとも声を出して詫びたほうがいいのだろうか。
でもそこは声を出して謝ったほうが、水神様もきっとわかりやすいかもしれないな。幸いにも付近には聞き耳を立てる大人はいないようだ。
第一、水神様は年齢不詳だ、ひょっとしたら歳を喰い過ぎてウチのバァチャンと同じで耳が遠いかもしれない。まぁここは確実性を重視だ、声を出して、そして出来るだけ大きな声で謝ったほうが良いだろうという結論に達した。せっかく謝っても水神様が聞こえていないなら、お詫びをしても気づいてもらえず意味がないじゃないか!
しかしだユーイチ、ここで問題なのだが、万一オレたちが謝る内容を誰かに聞かれた場合は、かなりまずいことになるぞ。オレたちが井戸に年中ションベンをしてたことがバレるんだ、きっとトンでもないことになる!
ここは念には念をいれ、一人ずつ謝って、その際にもう一人はスパイがいないか付近を見張るというのではどうだろうか。
ではどっちが先にやるか、ユーイチは言うには、そもそも何ていって謝ればいいのかの見当もつかないので、まずはオレに先にやれと言ってきた。
やれやれこれだから甘えん坊の年少さんは困るな。
でもまぁ仕方がない、ここは年長さんで、さらに大多喜の愛と平和を守る大多喜無敵探検隊の隊長のオレが、まずはお手本を見せる場ではあろう。

 オレは覚悟を決めると両手を合わせた。
そして出来る限り大きな声で井戸の神様に心をこめてお詫びをいれた。

「井戸の神様、水神様、オレとユーイチがしょっちゅうションベンをして申し訳ありませんでした!そして死んだカブトムシやカエルを捨ててすいませんでした!どうか許してくださいもうしません!」

本当は、いるならいると、なぜ先に言ってくれなかったんだ水神様と問いたかったところだが、さすがにそれはやめておいた。きっともっと怒るに違いないからだ。聡明なオレには神の心もわかるのだ。
その間、ユーイチはあたりをきょろきょろと伺いながら、聞き耳をたてるスパイがいないか気にしてくれていた。どうやら誰にも聞かれていなかったようだぞフフフフフ。
でもこれでオレはお詫びは完了だ、もうこれでオレへの祟りは無くなったに違いない、まさにフリーダムだ!
さぁ次はユーイチの番だ、年長さんのオレを手本に、しっかり水神様に謝ってくれたまえ!
オレに続いて、今度はユーイチがいそいそと井戸の跡の前に出た、
そして手を合わせると、ヤツは声を大にして謝りだした。

「水神さまぁ~~!いつもここにションベンしてすいませんでしたぁぁ!!でも井戸の色がキッタなくてまるで便器なんで、神様がいるって知らなかったんです!!第一いるならいると何で先に教えてくれなかったんですかぁー神さまぁぁ!ひどいじゃないですかぁぁー!!‥でもすいませんでしたぁ、もうしません!!」

オレはズッコけた。
いやいやまずいんじゃないかユーイチよ、まるで神様が悪いみたいな言い方に聞こえるぞ。普通は恐れ多くて、たとえ思ってもそこまでは絶対言わないぞ!挙句の果てに井戸をまるで便器だとハッキリ言い切ったな、しかも思いっきりデカい声で‥。
さすが恐れを知らない特攻野郎だな、ある意味大したものだ!でもオマエは、本気で水神様を怒らせたんじゃないか?
すぐに謝りなおせと伝えたが、こんな恥ずかしいことを何度も出来ないの一点張りだ。アイツはそういうところは強情だからなぁ、まぁ仕方ないか。
‥でもな、オレは確かに忠告したからな!
その後オレたちは当初の予定通り、それぞれお菓子を開けてジュースを飲んでお菓子パーティをはじめた。宴は滞りなくなごやかに進み、やがてお菓子を全部食べ終えたオレたちは、ゴミをデンベーの白いレジ袋に突っ込むと、ウチの勝手口に放り込んでおいた。
そしてオレとユーイチは、一人3つ分のハートチップルの強烈なニンニク臭を漂わせながら、みんながいる青龍神社へと向かった。
ふぅ、まずは終わってよかったぜ、これであとは御宿の祈祷師のおばさんが来て、何事もなく祈祷をしてくれたら我が家への祟りも完全無欠に鎮まることだろう。
でもひょっとしたら、オレたちが心を込めて選りすぐったお供物を並べて、誠心誠意、心の底からお詫びをしたことで、水神様の怒りは既におさまったかもしれないぞ。御宿のおばさんがきたときビックリするかもな!
あぁ、どうでもいいけどユーイチよ、310円払えよ!


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※この先、またいつものように合間をみてちょいちょい書き足していきます。現在予定している内容の半分にも達してませんが、なによりいつ完成するかわからないので、途中ですがβ公開として晒します。いいんです趣味なのでテキトーなのです。そして、ふと思い出した頃に覗きにきてくれたら完成しているかもしれません。
m(__)m
(下手したらこのお話、三部作に区切らないとダメかも・・)

【注意】登場人物名及び組織・団体名称などは全てフィクションであり画像は全てイメージです…というご理解でお願いします。

【解説】
(※1)

大多喜町MAP 昭和50年代(1970年代)

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