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『超獣殲記マツロマンシー』 第四章 種(しゅ)を守る母獣(もの)

 数日後、街にまた一体の超獣が現れた。その名は『λー901 イシュタル』。この超獣は “この種(しゅ)を残せ ”という《命令》のもと人々を襲っていた。
 イシュタルは胞子を飛ばすことで個体を増やす《無性生殖》と、他の生物の身体に《生殖菅》を刺してその体細胞に自身の生殖細胞を寄生させ、受精卵へと変化させる《寄生生殖》によって個体を増やしていく。
 人々が逃げ惑う中、そこにはその流れに逆らうようにその超獣の方へ向かうマツロマンシーの姿があった。
 辺りは静まり、二体の超獣が対峙していた。
 マツロマンシーは《義経》のカードを取り出し刀を形成し、近づいてくるイシュタルに振り下ろす。
「ギッ!」
「…!」
イシュタルは胸部から腹部にかけて深い傷を負い鳴き声を上げたが、その一方でマツロマンシーも腹部に生殖管を打ち込まれてしまっていた。
 イシュタルは生殖菅をマツロマンシーの腹部から抜くと傷口から体液を滴らせながら逃げようとするが、背後から更に斬撃をくらい、その場に倒れた。マツロマンシーは白紙のカードを取り出しイシュタルにかざしたが
「エラー。」
と電子音声がリーダーから鳴るだけでデータを入手することができなかった。マツロマンシーは諦め腹部を押さえながらその場を去った。

 一方同じ頃、麻里は母親の『直美』と一緒に自宅に居た。
「麻里、お母さん今から買い物に行ってくるからお留守番しててね。」
「退屈だからあたしもついて行っていい?」
「…予習はちゃんとしてるの?やらなきゃならない事は沢山あるんだから。」
「…もう出来てるもん。」
「本当?」
 麻里は聞き返され一瞬表情がこわばったが、静かに頷いた。
「んー、わかったわ。ついてきていいわよ。待ってるから支度してきなさい。」
 直美は麻里に笑顔で答えた。
 十数分後、支度を終えた二人は玄関を出て、駐車場の方に向かった。二人が車の近くまで来た瞬間、後ろから突然一体の超獣が直美に襲いかかった。
マツロマンシーが倒したものとは別個体のイシュタルである。
生殖管を腹部に刺されたナオミは気を失い、その場に倒れてしまった。
「お母さんしっかりして!」
 マリが直美に呼びかけている間にイシュタルはその場を立ち去った。

 同じ頃、建人は自宅で横になりながら物思いに耽っていた。
そうして過ごしていると突然固定電話が鳴り出したため受話器を取った。
「もしもし。」
「あっ、タックン?」 
 受話器から耕太郎の慌てた声が聴こえる。
「マリちゃんのお母さんが…!」
「えっ?」

 建人達は病院に向かった。病室には目を腫らした麻里とベッドに横になっている直美がいた。
「おい、マリ!何があったんだ?」
「超獣が突然…。何か針みたいなのでお母さんを…うっ…。」
「クソッ!」
 建人はそう口にした後、踵を返し病室を出ようとした。
「タックンどこに行くの?」
「マリのことは頼んだ。」
「タックン!ちょっと…!」
 耕太郎はタケルを止めようとしたが、彼は聞かずに病室を出ていった。
「アイツだけじゃ力不足だ。」
 建人はマツロマンシーの姿を思い浮かべながら一人で呟いた。

 一方、マツロマンシーは一体のイシュタルと戦っていた。彼の腹部には腫瘍のようなものができ、彼はよろめきながら戦っていた。必死で刀を振るもイシュタルに全てかわされ傷一つ負わせることができない。
 そうしているとイシュタルは
「ギー!」
と声を上げた。
 すると三体のイシュタルが現れ、マツロマンシーを囲い込もうと近づいていく。
 だが、
「マツロマンシー!」
そこに建人が自転車に乗って駆けつけた。マツロマンシーの目撃情報を聞き周り、居場所を突き止めたのである。
「マツロマンシー!しっかりしろ!一体だけバックルが違うやつがいるぞ!そいつだけは逃すな!何か手がかりを握っているかもしれない!」
彼はそう叫び、自転車に乗ったまま四体のイシュタルに突進した。四体のイシュタルは体勢を崩した。
 マツロマンシーはその隙きに《酒呑童子》のカードを使用し、バックルの形状の違う一体の動きを封じた。そして白紙のカードを取り出しその一体のバックルにあてがうと、カードには《鳳凰》の紋章が浮かび上がった。
 捕まった一体は枷を解き恐れをなして逃げていくが、マツロマンシーは力尽きその場で仰向けになって倒れた。
 それを見た残りの三体もマツロマンシーが戦闘不能だと判断し、散り散りに去っていった。
「おい!マツロマンシー、しっかりしろ!」
建人は倒れているマツロマンシーに近づき体を揺すった。
すると、意識を失いそうになったマツロマンシーは辛うじて意識を取り戻し、ゆっくりと《赤獅子》のカードを取り出し鉤爪を形成した。
 建人は驚き、
「おい、何してるんだ⁉️」
とマツロマンシーに呼びかける。その瞬間彼は自身の腹部のコブをえぐり始めた。
「そんな…、無茶だろ…。」
建人は震えながら呟いた。
 マツロマンシーは切除を終えると《鳳凰》のカードを使用した。すると彼の自在細胞がその傷口を塞ぎ、彼の体を修復し始めた。
「そういうことだったのか…」。
建人はその様子を眺めながら呟いた。
 数分後、マツロマンシーは体力を取り戻し立ち上がった。
「もう大丈夫なのか?」
建人は彼の様子を覗い声をかけた。
「…!」
彼は静かに頷くと、その場から跳び去っていった。
「…。」
建人は無言で小さくなっていく彼の姿を見つめていた。

 マツロマンシーは人気のない雑木林にたどり着いた。そこで彼は、
「ギー!」
とイシュタルの声真似をして鳴いた。
 すると一体が直ぐに物陰から現れた。
 マツロマンシーは《義経》のカードを使用すると形成された刀で一体を倒した。その直後にまた一体現れたが、その一体も斬撃をくらいその場に倒れた。
 更に三体現れたが、倒れた二体の姿をみて
「ギー!ギー!」
と鳴き逃げようと背を向ける。
 マツロマンシーは《七宝丸》のカードを使用し、逃げようとする三体に銃撃を浴びせた。
 するとその三体もその場に倒れた。
 さらに続々とイシュタルが現れるが同じ要領で次々と倒されていった。

 翌日、麻里は直美の看病のため彼女のいる病室に入ってきた。
「お母さん、大丈夫?」
「うん、無事ダイエット成功したわよ。」
「…?」
「手術で刺されたところ切り取ってもらったんだけど、それから体調が良くなってね、数日様子を見て、問題なければ退院できるってお医者さん言ってたから大丈夫!お腹の肉を切り取って無事ダイエット成功!テッテレー。」
「…。」
 麻里は泣きそうな表情でうつむいた。
「あら、面白くなかったかしら?」
「…私があの時買い物に行くって言わなかったら…。私が留守番していればこんな事にはならなかったのに…。」
 直美は笑顔を潜め、少し間を置き麻里に優しく話し始めた。
「本当は塾行ってないんでしょ?」
 麻里ははっとなるが直美はそのまま続けた。
「そんな顔して、わかるわよそんな事くらい。…家族なんだから。」
「…。」
麻里は無言でうつむく。
「本当は何かやりたいことがあるんでしょ?」
 麻里は静かに頷いた。
「私はね、夢を追うことは素晴らしいことだと思うし、マリの夢に対して反対したり否定したりはしない。ただ、人が夢を叶えるためには生活していかなくちゃいけない。私は夢を追って一生懸命苦労して生きている人も見てきたし、夢を諦めてしまった人もたくさん見てきた。夢だけを追って生きていける人なんて一握り。それは厳しい現実かもしれない。でもそれでも人は生きていかなくちゃならないから。『現実』を生きていく力も必要だから…。」
直美は続けようとしたが一旦言葉を切り、
「私も勉強勉強って言いすぎちゃったかな…。でも私は麻里にいつまでも元気に生きてほしいから…。そしていつかあなたと一緒にあなた自身の夢を見たいから…。…難しい事言っちゃったかな、ごめんね。」
「うん。難しすぎ。何なのよテッテレーって。」
マリは涙声で答えた。
「ドッキリ大成功知らないの?…っていうか人の話聞いてる?」
「テッテレーが気になって全然理解できなかった。それにドッキリになってないし。」
「あーなるほどザ・ワールド、手術したのはアニメじゃないアニメじゃない本当の事だからね。」
「もう、今度は何なの?」
 二人は顔を合わせて笑った。
その様子を病室の外から見ていた建人と耕太郎も目を合わせ静かに微笑んだ。

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