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勉強と小説|血の通った理解のために

若い頃は生きづらさや理不尽さをどうしても感じてしまうものですが、そんな状況を説明してくれる学問として、経済学や世界史をやたらと勉強していたことがあります。

現代を生きる人間のひとりとして、経済は避けて通れないものであり、会社に属する人間であるため、その会社が存在する社会の経済状況を知ることで、少しはうまく生きていけるのではないかと思ったわけです。

そして、実際に経済のことを少しずつ理解していくと、自分が生きづらく感じていたことや理不尽に感じていたことも、経済学で説明ができることが増えてきました。

わかりやすい例は就職活動で、自分を雇ってくれる会社がなく落ち込んでしまったとしても、それは社会における経済的な需要と供給の関係の結果であるだけであり、何も自分を責めて落ち込む必要はないのだと気づかせてくれたりします。

給料が上がらない悩みも、それは個人の力量不足以上に、世界全体の経済状況に依存しているケースがほとんどです。こういった視点を与えてくれる経済学に生きづらさや理不尽さに対する説明を求め、経済学の本を日々読み続けていたのです。

また、歴史の勉強も過去の社会情勢や時代の流れを知ることで、歴史のなかにおける現在の自分の立ち位置を知るための力になってくれました。変えることのできない歴史の流れというものがあるのならば、それに応じて自分の考え方や行動を変化させていく必要があると学ぶことになります。

その様にして経済学や歴史の本をたくさん読んでいたころに何かの本で「小説をたくさん読むべきだ」といった一文を見つけました。何でも、その時代のその場所で起こっている出来事や登場人物それぞれの心境を、小説と言う物語を通して知ることができるため、経済学や歴史の勉強だけでは理解することができない「血の通った理解」ができるようになるというのです。

コニー・ウィリスというSF作家に『ブラックアウト』という作品があります。この作品は未来の大学の史学生たちが過去の時代にタイムトラベルをして送り出され、現地調査をするという人気シリーズのひとつで、『ブラックアウト』では第二次世界大戦下のロンドンに史学生たちが送り出されます。

ブラックアウトというのは、第二次大戦中のロンドン大空襲時に行われた灯火管制のことで、来襲するドイツ軍の攻撃から市民が身を隠すために電灯を全て消して敷かれる厳戒態勢のことです。

本作ではロンドンのブラックアウト下で市民がどの様な生活を送っているかが克明に描き出されています。

当時のイギリスには毎日のように空襲があり、そのたびに人々はシェルターに隠れ、不安な日々を送っていましたが、その事実も「歴史」として学んでしまうと、その「不安な日々」はただの事実と化してしまいます。

この作品のなかには、その様な極限の不安のなかで励ましあう人々がいることや、仲間を救おうと勇気を出す人がいること、また様々な職業の人たち、それも作家や学者、芸術家まで様々な人々の生活があったということがわかります。

これがまさに「血の通った理解」であり、経済学や歴史学を勉強するだけでは理解することが難しい事実です。

この『ブラックアウト』は文庫版で500ページを超える上下巻で、更には続編の『オールクリア』もある長い長~い物語ではあります。

しかし、その長い物語を通して得ることができる「血の通った理解」は、どれだけ長時間経済や歴史の勉強をしても身につかない価値のあるものだと思います。

そもそも小説は娯楽でもあります。長くて時間がかかろうとも、それは楽しくあっという間に過ぎてしまうので問題にはならないはずです。

僕も久しぶりに読み直したいです。

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