見出し画像

笑顔の裏には8連勤

外を歩いていると、私は、無性にコーヒーを飲みたくなる。それくらいには大人なのだ。

近所に大好きなカフェがあって、そこで出てくるオリジナルブレンドは酸味が心地よくて凄く美味い。
このカフェ、サンドイッチもまた美味い。

ローストポークか、ローストビーフを使った、本日のお肉サンドは絶品。ザワークラウド風野菜が肉に合って、それをパンが支えている。

山梨の塩山なんていう山とおじいちゃんおばあちゃんしかいない様な空間では、飛び向けてブルックリンてな感じで、嬉しい。

サンドイッチ用の食パンは、我が家が作る自慢の食パンなので、これはステルスマーケットと言うヤツだ。ステマ、なんて言うと俗物感がいなめないが、ステルスマーケットだと本気感が伝わってくる。なわけないか。

山梨の塩山にある、ザルツベルグというカフェに良かったら足を運んでみて欲しい。駅からも5分とかからない。出来ることなら我が家にも来て、これでもかとパンを買ってくれたら嬉しい。ザルツベルグから歩いて2分なので。

さて、そんな我が家の主は、私の父なのだけど、一体何連勤しているのだろう。おそらく考えるとゾクッとするぐらい工房にいる時間が長い。

暮らしと仕事に大きな分断が無い生活には憧れる。webライター的な生活は、私にはかっこよく見える。我が家も、暮らしと仕事が密接だ。家業と言うのは、そういうことなのだ。

もちろん、働く父の背中と、そんな父を叱りつける母を見てきたから、私も当然の様に「家を継ぎます。」なんて言うのだけど、果たして本当に身はもつか?と不安になる。

美味いサンドイッチを出す近所のカフェのマスターは、一人で何でもやる。

いつ行っても少しくたびれている。それがマスターの持ち味と言うか、人となりで、悪い気はしない。

が、なかには、良い店の雰囲気にかまけて中途半端にくたびれた顔で接客する店がある。

馴染みの店で無い限り、お金を払ってまで、店員に気を遣いたいとは思えない。

そういう時は、「あぁ、繁盛店なのだなあ。」なんて思いながらすぐお会計してしまう。

無理やり作った笑顔に何の正義があるのか私にはてんで分からない。

我が家で働くことが今まで無いのだけど、父は平気か、笑顔はまともか、と不安になってきた。

この前カノジョと行ったジェラート屋のお姉さんの笑顔はとびきり良かった。

シフト制であろうお店を一人でやっていたお姉さんは、こちらの目を見て顔の筋肉を使って笑ってくれた。

かと思えば、まるで虫けらを見るような目で見てくるコンビニのお兄さんなんかもいて、「あぁ、お姉さん。」となるのだ。

店員さんが当たり前に向けてくれる笑顔の裏には、皆それぞれ何かあるのだ。

このGWに見る笑顔は果たしてどんなものか。

出来ることならジェラート屋のお姉さんみたいな笑顔で溢れたらいいのだけど、そうもいかんのだろう。中には、八連勤が蓄積された怒りの笑顔みたいなのがあってもおかしくない。

暮らしと仕事が分断されない我が家において、笑顔のあり方を考えることは充分意味がある気がする。また同時に、向けられた笑顔の裏をも慮ってみないとなぁ、なんて思う。

「スマイル、投げ銭。」みたいなボックスを設けて、いい笑顔には感謝の100円を、ジェラート屋のお姉さんには、缶ビールの1本や2本買ってやってもいいのだと思う。

ちゃんと、自分と人のために働いて、ご飯食って、より良く寝るために、「今日もお疲れ。」なんて言いながらビールを飲めたら、また明日も笑っていられる気がするのだけど、どうだろう。

働きづめの父は、毎晩お酒を飲んでいる。

パンこねて、世間話も交えながらパン売る父の笑顔は、アルコール度数15~16、純米吟醸ってところだろうか、なんて。

ちゃんと毎日笑えるって言うのは、存外凄いことなのかもしれなくて、ジェラート屋のお姉さんは4連勤の初日って言う感じの笑顔で、
本当に素晴らしかったなぁ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?