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君の食べ物をたべたい

どこの馬の骨かもわからない牛の葬儀が、生前の牛にはまるでにつかわしくない曇天の日にとり行われたかどうかを私は知らない。
ましてや、どこの馬の骨かもわからない豚の葬儀を行った事実があったかどうかも私にはわからなかった。

夫の皿の上には、薄くカットされたサラミが行儀よくのっていた。
きっと葬儀すら執り行われなかった牛や豚をひき肉にして、香辛料をふんだんに混ぜ合わせて固めた食べ物を、夫が自分好みの厚さにスライスしたものだろう。

私は夫がテレビ画面を見つめる隙に、サラミを数枚、こっそりと拝借してそのうちの一枚を口の中に放り込む。

そして薄くカットされたサラミを咀嚼しながら、キッチンへと戻る。

薄くカットされたサラミを噛むと、じわじわと肉の油が口の中へ広がった。
原産地も原材料も、製造者の顔もわからない食べ物を咀嚼し続け、これはビールに合うよな、と思う。
少し辛めの、そして硬めの食感のサラミを飲み込むと、まだ手に残っていた一枚のサラミを口の中に放り込んで、晩ごはんの支度を始めた。

私には、夫が食べているものが美味しそうに見える。
ほとんど病気と言える。
必ずと言っていいほど、美味しそうに見えてしまうのだ。

彼のつまむポテトチップスも、
彼がすするラーメンも、
彼が釣ってきて捌いた魚の刺身も、
彼が注文した私の選ばなさそうなメニューも、
なぜか不思議と美味しそうに見える。

私はいつも夫に言う。

「一口ちょうだい」

一口だけ食べたい。
君の食べものを一口だけ食べたい。

たくさんはいらない。
一口味見をしたいだけなのだ。


なんででしょうね。
人が食べてるのって美味しそうに見えるんですよね。食い意地が張ってるのかな。
シェアして欲しいわけじゃなくて、ただどんな味か知りたいんですよ。

好奇心の権化。

味を知った上で選ばない食べ物であっても、今日はどうだったかなって。
苦手な物はもちろんムリです。

きっと嫌がる人もいるだろうなと思いますが、夫が受け入れてくれるタイプの人でよかったなと思います。

ちなみに君の膵臓をたべたいを読んだことはありません。ごめんなさい。

遊び心を満たすことに躊躇してはいけない。



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