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赤ん坊を抱くように、猫を抱くように、鍋を抱きしめる。

「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」  著:彩瀬まる


どうしようもなく虚しい気持ちで退勤した日、

私は最寄り駅の2つ前の駅構内の立ち食い寿司屋で、雲丹を食べ、生ビールを飲んだ。

居ても立ってもいられないほどお腹が空いていたのでなくて、自分を労わるための小休止のような、食事。

外で闘った物々しい雰囲気を家に持ち込まないための禊のような、

興奮して全身が毛羽立っている自分をブラッシングするような、

パリパリに乾いた心の皮膚を粘膜を細胞を保湿するような、そんな時間。

途絶えていた血流が戻ってくる気がした。

やっと燃料が補給された感覚があった。

生ビールを喉に流し込み、900円のお勘定を支払い、また電車に乗り帰路へと着いた。


本書に“家庭の食卓って、忖度の積み重ねでできているよね”という台詞がある。

家での、生活としての食事は確かに忖度の塊かもしれない。

身体の変化や調整、予算、嗜好、調理の有無や方法を自分・家族と協議した結果だ。そのご飯を前にした主観的な想いは、それぞれ自分勝手だ。

本書では6話の短編集で構成されており、それぞれのお話で登場人物が忖度された食事に傷ついて救われて癒されている。

ちなみに私は読み終えたら無性に食べたくなり、宅配ピザを注文した。

実に甘美だった。


相手の気持ちを推し量った食事が続いたら、自分が欲しているご飯を食べよう。

それは、うんともすんともいかない毎日を懸命に踏ん張っている自分への労りになるような、栄養にきっとなるだろう。


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