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花鳥風月

彼氏から『下町のオカンだ』と
常々聞いていたから
どんなドギツイおばさんかと
覚悟していた。
ドキドキしながら下町の
長屋の玄関を入ると
目の前に現れたのは
とても柔和で穏やかな
気品を醸し出している
優しい笑顔の女性だった。


21歳当時のサティは
人見知りが激しく
ましてや大人の初対面の人なんか
ろくすっぽ話せない。
彼の実家に初めて行ったその日も
精一杯感じのいい服を着て
ニコニコ笑っているしか芸がない。
ただ聞かれたことに『はい』とか
『ハハハ』とかしか言えない
今思えばとんでもない未熟者だった。
だけどお母さんは
『○○よくこんな綺麗な娘さん
見つけてきたな』
『この辺り(下町)では見かけない
品のいいお嬢さんだ』とそう言って
拙いサティを優しい笑顔で
あたたかく迎え入れてくれたんだ。


何度か彼の実家に顔を出しているうちに
サティは彼のお母さんと二人きりになって
お母さんの提案で
近所の大きな公園に
散歩に出掛けた。
その公園には有名な植物園があり
そこに咲く花を
サティに見せてあげようと
前々から思ってくれていたらしい。
サティは少し緊張しながらも
お母さんに連れられて
公園に行った。


『梅の花がキレイね~』
感嘆の声を心から上げている
お母さんの綺麗な横顔を見て
サティは思った。
『私は花なんかまるで目に入ってこない…
頭の中はいつも自分自分…
自分の自己実現のことばかり…
花鳥風月なんか全くもって
眼中に入る余裕がない…
なんという小ささ…
なんという人間の差…
私はなんて未熟者なんだ…』
自分の狭い心模様の器と
お母さんのゆとりある
心模様の器の差に愕然とした。
『私もいつかこんな風に
美しい表情で
梅の花を愛でれる人になりたい』


公園の歩道を二人で歩いていると
ふと目の前にクシャッとなった鳩がいた。
足が折れているのか羽が折れているのか
明らかに負傷した瀕死の鳩が
私達の先にうずくまっていた。
サティは一瞬可哀想…と思ったものの
怖い…触るの気持ち悪い…
が先に立ち
薄情にも見て見ぬふりをして
通り過ぎようとしたのだけれど
隣のお母さんは明らかに
何か情動に突き動かされたように
鳩に歩み寄りそっと両手の平ですくい上げ
歩道わきの木の根元の芝生に
そっと置いた。
サティの元に戻ってきたお母さんは
『可哀想にな…』
と一言だけ言って
何事もなかったかのように
一緒に歩き出した。
サティはお母さんと歩みを進めながら
またも自分の小ささを
かみしめていた。
『私はなんて小物なんだ…』
『やっぱり自分自分自分のことしか
考えていない…』
『多少の良心はあっただろうが
たじろぎ何も出来ない未熟者…』
『あぁ情けない…
私も瞬時に
あんな行動の取れる
人間になりたい!』


その日の梅の花と鳩で見た
齢を重ねた女性の持つ
圧倒的な人間力は
今もサティの心の中に
鮮明に残っている。


サティは当時21歳
彼のお母さんは49歳だった。

歳を取ることは

そんな悪いことじゃない


歳を重ねるということは
全ての物と自分との間に
繋がりを感じられるということだ


自分を取り囲む自然や環境
ふと袖すり合う一期一会
その一つ一つに
自分との縁を感じられる力


遠くの国の惨事に胸を痛め
自分のことのように涙したり
数々の痛みや苦しみを覚え
気づき学んだ
何が大切で
そして
何ができるか


可哀想な鳩を見て見ぬふりをし
帰った日の夜
もしかして自分は
あの時何か出来たんじゃないかと
言い知れぬ苦い思いを味わったり
数々の関わりの中で
その縁を良縁にする仕事を
自分はしたのかと自問自答する日々
そういう年月を経て
人は歳を取って行くのだ


一方若さの定義は
自分の事だけに無我夢中になる
自分がどうしたいかで
頭がいっぱいのことだ
その自分本位な熱情は
エネルギッシュな若さの特権だ


サティはあの時自分の視野の狭さを
情けないほど未熟に感じ
圧倒的力を見せつけた
お母さんとは雲泥の差だと
劣等を感じたが
もしかしたらお母さんも若い頃は
そんなもんだったのかもしれない
周囲や社会に目を向けられることは
大人になる(老いる)ということで
それはどちらが偉くて
どちらが優れているものでもなく
みんなが等しく通る道なのだ。

今ならサティも
鳩を助けることができる


梅の花だって
いつの間にか
綺麗に見えるように
なったんだよ




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最後まで読んでくれてありがとう(*^^*)♪

またサティに会いに来てねー(^з^)~.:*:・'°☆



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