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[エッセイ] かつてゴルフボールは触ったことはあるがクラブは触ったことも握ったこともこすったこともない初心者が生まれて初めてのゴルフをいきなりコースでプレイする話


第1回「ゴルフには色々と準備がいるのだ」

 先日生まれて初めてゴルフをやった。いや、正確に言えばやらされたというべきか。かつてゴルフボールは触ったことはあるがクラブは触ったことも握ったこともこすったこともない。正真正銘、生まれて初めてである。TVでみたことはあったけど。そして同じ日、私は生まれて初めてコースに出た。当然予想されることだが産まれて初めてクラブを握りそしてボールを打つという行為を、数人の観衆のなか、コース上で体験したのである。ぶっつけ本番もいいとこだ。一応、2・3回素振りはした。とってつけた付け焼刃であった。人々は私を「無謀」という。やらせたくせに、でも私もそう思う。
 コースに出るまでのゴルフは結構準備がいる。まず、ゴルフ用の靴と数本のクラブの入ったゴルフバッグを借りる(当然持ってないので)。そして、ボールとティーを買う。私はゴルフのボールというのはコースに備え付けてあって、個人個人の所有物だということを知らなかったので、とてもくやしかった。損をした気分だよ。実際には一緒に回った人に引き取ってもらったけど。それと、ティーもである。私はティーという物の存在を知らなかった。当日は風があり寒く、ゴルフは野外のスポーツで動きが余り無いので温かいお茶を持っていくものなのだ、やっぱりオヤジのスポーツか!と単純に思った。
(ティー:第1打をショットするときに地面からちょっとボールを浮かす道具)
しかし、渡された物は何やらプラスチックで出来た小物体で小さいラッパのような形をしている。
「???何これ?」
「ティーだよ。」
「ティー?ふーん.....で、どうすんの?これで。」
「第1打を打つときに使うんだよ!」
怒らなくてもいいだろう!知らないんだから。
更に、紙と鉛筆。スコアを記入するためだ。それらを準備し、出発した。やる前に再三、「全くやったこと無いんだよ。無理矢理やらせて、後悔しても知らないよ!」と言ってあったのでとりあえずどんな事態が起ころうとも問題はないだろう。
 そして記念すべき第1打...

第2回「未経験者、ゴルフビギナーになる」

 「カンッッ」....
乾いた音が背後にある、松林に響いた。
「ボ、ボールはどこじゃ~」
打つ瞬間まで、真下のボールを見ていたためどこに行ったかわからない。経験者に言わせると、初心者はクラブがボールに当たる前に前方を見てしまうとクラブがズレてしまいうまく当たらないのだそうだ(これをヘッドアップと言うらしい、そのまんまや!)。私のボールは前方約50m先に進んでいた。しかし、その飛び方は私が頭の中で何度もイメージトレーニングした、ジャンボ尾崎が打った瞬間にいつも渋い顔をしながら見守る、いわゆる放物線を描くような飛び方ではなかった。ロケット花火を地面に水平に発射した感じの、烈しく地を這う進み方....うーむ納得いかん。ティーを見るとこれまた烈しく地面にめり込んでいた。
「あー、ボールの頭に当たったようだね」
「これはいったいどこがいけないのでしょうか?」
私はすっかり、ビギナーになりきっていた。
「力を抜いて、軽く軽く!」
「........(答えになってねーよ)」
 ゴルフは、基本的に遠くの人から打つのである。幸いにも私より飛ばなかった人がいたので、第2打は2番目に打つことになった。ここからグリーンまで約30mであった(ショートコースだったんですね)。ボールの場所からグリーンを眺めてみるとその間にぽっかり穴が空いていて砂場がこしらえてある。う、あれがバンカーかっ。ウワサには聞いていたが...素人の私にも想像できたが、先ほどの地を這うロケットショットではどうやらその穴を通過することは出来そうにない。
「浮かすしかない...」←渋く
ひとふきするごとに体温を奪いつつ、さらりとした風が通過する。心は既にボールに集中している。
「(ピッチングウェッジでやや風上に軽く浮かせば、ボールは風に乗りグリーン中央に立ってホールを占拠しているあの旗に当たり、撃墜されたヒコーキが勢い空しく海に落ちていくようにホールに吸い込まれるだろう...)」
そんなわけない。

第3回「ゴルフやってると、モノを探すのが上手くなるのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをやる私はいきなりコースへ出た。飛び方に問題があったが無事第一打を終えた私を巨大なバンカーが待ちうけていた...

「(ピッチングウェッジでやや風上に軽く浮かせば、ボールは風に乗りグリーン中央に立ってホールを占拠しているあの旗に当たり、撃墜されたヒコーキが勢い空しく海に落ちていくようにホールに吸い込まれるだろう...)」
そんなわけない。
 ...と口元を軽くゆるませながらフッと考えていると、なにやら後ろが騒々しい。私の立っている地点から10m程後ろは崖になっており第一打で私よりボールが遠かった人のボールが飛んで行った所だ。
ボールが、崖から落ちたらしい。
私はボールが崖から落ちてしまったのが自分ではなかったことに安心しつつ、一緒にボールを探した。崖の下は落ち葉だらけで「絶対みつからないよな~」と思っていたのだが10分ほどしてパーティーのリーダーが発見し、その人は更に2個ほど余計にボールを見つけたらしく、嬉しそうな顔をしていた。ゴルフやっていると、ものを探すのが上手くなるようである。
 第一打でOBとなってしまった、崖にボールを打ち込んだ人が第三打を打ち終えた後いよいよ私の番だ。足元を固め、いかにも狙いを定めているように2・3回素振りをした後、「チャー・シュー・メン!!!」*ととりあえずギャグってから、
「コンッッ」.....
「ど、どうじゃ~」
私の手はいつになく重い手応えを感じていた。ボールを真芯でとらえる、そんな感じ。そしてそのボールはというと...う、浮いているではないかっっ。白いボールが少なくとも私の身長よりは高く頼りないが確実に宙を舞っている。
「よっしゃーあっ」
うれしいものだ、こんなことでも。初めて娘を東京に送り出す父親の心境とはこんなものだろうか。多分全然違うと思う。
 しかし私の期待とは裏腹にボールはグリーンを超えて遥か彼方に行ってしまったのだった.....

*チャー・シュー・メン!
1981年から1991年まで『週刊少年マガジン』(講談社)で連載された、ちばてつや原作のゴルフにおける少年漫画の草分け的作品「あした天気になあれ」で、ショットをする際に主人公・向太陽の発する掛け声。当時流行語大賞があったら大賞に輝いていたと思われる(たぶん)


第4回「ゴルフとは精神的に過酷なスポーツなのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。バンカーを超えた第二打、期待とは裏腹にボールは遥か彼方に行ってしまったのだった...

 「軽く打ったつもりだったのに~」
素人なので、距離と力加減の親密な関係を全く把握できていない。更にボールがクラブに当たるかどうかすら本人でさえ予測できない事態なのだから、これは全く不思議ではない。当然の結果と言える。わかってる、理屈ではわかってるんだ。でもくやしい。まあ、バンカーを超えたというだけで良しとしようか。ボールを探そうとグリーンの反対側に向かっていた途中、パーティーの仲間にささやかれた。
「村田君、いいスウィングだったよ...」
.....うれしいものである、彼はいい人だ。
 さて、ボールはというと第二打を打った地点からグリーンまでの距離以上にグリーンから離れてしまった。ヘタなゴルフによくある光景である。プロならば、時計の振り子が息途絶えて振幅が小さくなっていくように打球の距離も次第に小さくなり、最後の最後にはボールまで何センチ、そしてジ・エンド。というところだが、これが素人ではそうはならない。ホールまであと数メートル、さあここで一発を狙うにはまあ忍びないから、手堅く寄せとくか...軽く軽くね...コンッ、あ~あ行き過ぎちゃった、ホールを超えて...あっあ~!!坂になってたよお~!!あっあっあ~~!!!グリーンから出て、そっちは池だよお~~あっあっあ~!!ポチャ!。という事態は日常茶飯事である。
 幸い私のボールはそこまでひどい事にはなってなかった。でもOBぎりぎり、もうちょっとで第2ホールに突入するところだった。ボールを探しているときに運悪く第2ホールでプレイしていた人と目が合い、とても恥ずかしい思いをした。みんな私をあざ笑っているかのように見ている。どうせ素人だよ!くっ、今に見てろ!と、とりあえず訳も分からず腹を立てながら、足場を固めるのだった。とんだ被害妄想である。ゴルフとはこの様に精神的に過酷なスポーツなのだ...オレだけか。
そして、起死回生の第三打.....

第5回「フェアウェイとラフの意味が初めて分かった私なのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。起死回生の第3打...

 OBぎりぎりの位置だったので、もちろんラフである。ラブではない。ちがう、フェアウェイではない。説明するまでもないが、フェアウェイとは短く刈り込んだ芝の道である。この上を伝ってボールを運ぶことがゴルファーとして何より大事と言われている。なぜならばボールを打ち易いからである。フェアウェイを外れるとそこはラフと言われる。フェアウェイは丹念に手入れされているが、ラフはされていない。だから扱いがラフなのでラフなのだ!と思っていたがこのゴルフ場はどうもその通りである。ここのラフは土地の栄養がいいのか芝が異様に長く育っており、しかも太く堅牢である。歩くだけで足にからみつき、なかなか離れない。まるで竜のヒゲである。
「うう...芝もここまで伸びると怖いな」
と思いつつ、足場を固めた。いよいよ第3打である。
 今度は何としてもグリーンにのせなければならない。第1ホールで手こずっていてはみんなの迷惑だ。いやオレの、プライドが許さない。無理やりやらされてるわけだけど。少なくともフェアウェイ。最悪でもバンカー。だが、OBは絶対に避けなければならない。まだ一度もOBはしていないのだ。OBこそ、素人の真骨頂である。自らを「へたくそだもんね」と認めているようなものだ。逆に、OBさえしなければ「むぅ...」と皆を唸らせるであろう.....ま、ここまでOBにこだわる必要もないか。気が焦るばかりの自分を制し、ちょっと間をおいて考えてみた.....

第6回「高校を卒業するまでOLとは年取った女と信じていた」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。起死回生の第3打...OBにこだわる自分を制し、ちょっと間をおいて考えてみた。

 産まれて初めて耳にした英語の略語はOBだった。中学生の時だ。部活動で卒業したはずの先輩がやってきて、どうしたんかな~と思って言われるままに集合すると、部活の担当教師が
「今日はOBが来ています」
と言った。オービー?なにそれ?周囲に聞いてみると、OBはOLD BOYの略だという。へ~。そうなの。ふ~ん。なんで略すとOBなの?え、OLDの”O”とBOYの”B”?ふむふむ.....そうかっっ!
 私の頭の中で何かが溶けていくのが感じられた。脳ではない。胸の中で氷のように張りつめた空気が次第に暖まっていくのがわかった。さながら、春の雪解けを迎えた尾瀬のように.....そうかそうかそうか。今まで疑問に思っていたのだ。ときどきオトナはアルファベットを会話の中に使う。CMとかGSとかNHKとか。そういうことだったのか~~~~~!!!

 上機嫌で家に帰って、夕飯を食べた。たしか、サバの味噌煮だったか...サバは煮て良し焼いて良し生でもいける、とても便利な魚だ。私はちなみに、竜田揚げが好きだ。我が家では必ずNHKのラジオをかけながら食事をする。その日もそうだった。その時事件が起きた。ラジオから
「最近、新宿のOLに人気の.....」
という一節が流れてきた。オーエル?オーエルってなに?
「女の人だよ」
姉が素っ気なく答えた。ふふっ、もう騙されないぞ!わかっているんだ。OLとはOLD LADYに違いない、オレにはわかっているのだあ~~~!!!

 それから私は高校を卒業するまで、OLとは年取った女と信じ切っていた...あ~恥ずかしい。
まだまだ続きます。
そろそろ打つと思います。

第7回「グリーン上で外国人の名前を聞いたのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。起死回生の第3打...

 「コンッッ」...
「た、たのんだぞ~」
芝がふわりと宙に舞い、土が前方1m位に飛び散った。打ち終わった後、ボールがついさっきまで存在していた芝に満ちていたはずの空間はそこだけが芝のない、えぐれた地面となっていた。しかも辺りは私が足場を固めるために芝を思い切り踏みしめていたためあたかもミステリーサークルのようになっている。
「ミステリーサークルか.......うふっ!」
と、自分が思わず作ってしまった造形物に満悦感を感じながら気になるボールを目で追った。と、その時とてつもない光景が矢のように眼球に飛び込んできた。
「ぐ、グリーン上にボールが!!!」
一直線に飛んでいったボールの進行方向はほぼグリーンの中心をとらえており、その弾道は緩やかな山を思わせた。ホールのやや手前でワンバウンドしたボールは、そのままスルスルスルと天敵に追われた蛇のようにグリーンを這い、ホールを超えた約3m先で停止した。こちら側から眺めると、ホールの位置が比較的こちら側に近くなっているためホールよりあちら側のグリーンが広い。
「よおっっしゃあ!!!」
私のボールはとうとう、グリーンを制した。ここまで来ればこっちのモノである。後はパターで転がすだけだ。もう2度とグリーンに外には出すまい。私はボールに"MUCHY"と名付けていた。誰の物か一目で分かるようにである。私の可愛い分身...
「まだ、村田君だよ」
と声をかけられた。依然として私のボールは他の人より遠かったのである。自分のことで精一杯の私は他の人の結果を知らなかった。グリーンを見渡すと他の人のボールが見あたらない。
「もう、おわったんですか?」
「いやまだだけど」
「え、だってボール無いよ」
「ああ、マークしといたから」
マーク?マークとは?外国人か?ホールの付近を見ると白いボタンのような物が落ちている。おお、これがマークか。こうやって地面に貼っておけば他の人のボールにぶつからずに済むわけだな。なるへそ。と、心の中で平静を保ちつつ頭の中では既に芝を読んでいる。さあ、いよいよホールインにチャレンジだ。

第8回「早くやれよ、このド素人が!と睨まれたのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをやる私はいきなりコースに出た。ボールは第3打目にしてグリーンに...

 さあ、いよいよホールインにチャレンジだ。
胸の動悸が次第に高揚し首筋に熱いものがこみ上げてきた。ゆっくりとボールから目をそらした私は声を発することもなく確実な動作で天を仰ぎ、何事もないかのようにやや強くふき続ける冷たい秋の風を大きく深呼吸した。
次の瞬間、思いがけないことにかすかに目尻が熱くなったかと思うと音もなくなま暖かいちょっと塩気のあるしずくが口元に流れ込んできた。
「う、ううっ、うううっ」
まさに予知できぬ出来事であった。この俺がこんなところで.....
カラスのションベンであった。
すみません、メイクしました!!!
もとい、グリーン上に立った私は丹念に芝を読んでいた。どこのホールもそうであろうがグリーンだけはよく手入れされており芝がキレイだ。きっと、コースの中で最も人目にさらされるからだろう。グリーンはグリーンとよばれるだけにグリーンである。他の所の芝が冬支度を始めているのみここの芝だけはまだ元気!なのである。よく見ると芝の種類も違うようだ。そういえば西洋芝は一年中緑だと聞いたことがある。和芝は太くて短く、根の張り具合もしっかりしているが寒くなると薄ちゃいろになっちゃう。それに比べ西洋芝は細くて長く、なよなよしているが血行は結構いいらしい。m(_ _)m。
うーん、妙に納得してしまう話だ。西洋芝の品種で代表的なものの名前が”エバーグリーン”というものどっかで聞いた。いつも緑、そのまんまである。
「む、ここの芝は西洋芝ですね」
と芝を見つめながらつぶやいてみた。私としては
「ぬう、一目で芝の品種を見抜くとは。こやつできる!」
と思わせたかったのだが、皆のほうを見ると
「ちっ、早くやれよ。このド素人が!」といわんばかりに睨まれるだけで反応はなかった。悲しい...

 私はおもむろにバッグからパターを取り出し、重量を確認した後2~3回素振りをしてみた。重さは中学生の時に焼却炉で使用していた、かんまし棒と同じぐらいであった。形状は金属の棒の先っぽに3cm角長さ10cm程度の角柱を垂直に付けたような形をしておりボールに対して角柱の側面を垂直に当てることによってその金属で出来た角柱の質量mと振り子動作によって得られた速度vとに等しいmv2のエネルギーがボールに伝達され初期速度v0で発射しそして芝の摩耗係数 μ が.....

第9回「恐ろしい想像をするのが好きな、私なのだ」


前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。いよいよホールインにチャレンジだ。

 そういえばグリーン上でパットするとき狙ったホールに突き刺さっているあの目印の旗を誰が抜くのか...きっとホールに専属している専門の抜き師がボールの距離に合わせ、抜き差ししているに違いない。だって、TVのプロのトーナメントの中継ではグリーン外にボールがあるときには必ず旗が刺さっており、グリーンにボールが乗るといつの間にかホールから旗が抜かれている。だからこのコースでも、やはりプレイヤーの誰かのボールがグリーンに乗るとすかさず近くで待機している旗抜き師(きっと秋なのに麦藁帽子をかぶり、浅黒い年の頃58~62才身長165cm位で足袋に農作業用長ズボン・長袖の洗いざらしのシャツをまとい、比較的早足なのだがよく見るとつま先だけでやや前かがみに移動し、「年がら年中、そんなこんなで」という口癖を有し、カラオケでは必ず”夫婦春秋”を歌うが最近”心凍らせて”を覚えたのでいい気になっている岩手県出身の酒好きだが美人にはとんと弱い、昔競馬で大損し一家が離散の危機にあい、自殺経験があるがなぜか「ふろんてぃあすぴりっつ」という唯一記憶している外国語をもちろん意味は知らないがポリシーに持ち、好きな食べ物はシャケときのこ御飯、それに奈良漬けがあれば俺はもう何もいらないと飲む度に一人で納得してしまう、自転車通勤のおじさん何故なら免許を持っていないから)が抜きに来るのだろうと思っていた。当然、そんなことはなかった。
 さて、パットである。そう、第4打である。
ボールからホールへの芝はやや左方向に生えており、傾斜は遅い。ホールまでの距離はざっと2mとちょっと。
「(ううむ...若干右方向を狙い力加減は中の上、途中から変化している傾斜を計算に入れると...)」
経験がないから計算するにも具体的な数値が入らず、難航した。旗を抜いてくれたパーティーのリーダーも、他の人たちも次第に顔がこわばってくる。
「(このまま10分も打たんでいたらどうなるか...鬼や!鬼の顔になるんや!)」
私はこのような緊張した雰囲気のとき、恐ろしい想像をするのが好きだ。
「コンッ...」
「ど、どうかっ」
手応えはあった。だがしかし、経験不足によるいかんともしがたいジレンマに襲われ若干、力が入ってしまったようだ。
”スルスルスルスル...”
ボールが穴に近づいてゆく。そして...
「ああっ!こ、これはっっ!!!」

第10回「どんなときも笑いを忘れない。これが私のモットーなのだ」

前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。いよいよホールインにチャレンジだ。

”スルスルスルスル...”
ボールが穴に近づいてゆく。そして...
「ああっ!こ、これはっっ!!!」
私の足下から勢いよく放たれた白い物体はホールに近づくにつれそのエネルギーを弱めていくはずであった。がしかし、勢いは衰えることなく逆傾斜を計算してホール中央よりやや右方向に打ったそのまんまの方向に向かってぐいぐいと突き進んでいる。
「ぬう、強すぎたかっっ?」
1m、そしてあと50cmとホールとの距離は次第に縮まっていく。しかしボールのスピードは減速するどころか更に加速していた...それはうそ。
加速はしないものの順調に距離を消化している。そしてホールまであと10cmまでとなった。
「うう、う、と、と、とまってくれ、このまま、頼む、お願い」
私は祈った。もちろん、頭の中では映画「ピノキオ」の挿入歌『星に願いを』が再生されている。そんな私の頭の中を見透かしあざ笑うようにボールは予想通りホール右脇を通り過ぎていった。
「oh NO!」
一瞬外国人になった私は更にボールが先に行ってしまうのを危惧し、祈り続けた...そしてやっと祈りが利いたらしくホール50cm先で制止した。
「.....」
ただ呆然と立ちつくす私にパーティーのみんなから声がかかった。
「いい寄せだよ、村田君!!!」
「そんな...お世辞は、よせ...なんちって...」
どんなときも笑いを忘れない。これが私のモットーだ。

第11回「”待ち”のストレスが人々を発狂させるのだ」


前回までのあらすじ
産まれて初めてゴルフをゴルフをやる私はいきなりコースに出た。いよいよホールインにチャレンジだ。そしてやっと祈りが利いたらしくホール先50cm先でボールは停止した。

 グリーン上でのパット第4打、によって移動するボールの停止を確認した後、軽く深呼吸した私の頭の中はすでに次のパットのことでいっぱいだった。しかし悲しいかな、その行為はまるで大型コンピューターを使ってπを計算するようなものだった。決まりきった結論しか出てこない。いくら大量に、どんなに複雑な計算方法を使っても結果は同じ、「よく、わかんない」なのである。頭を使うだけ時間とエネルギーのムダであった。しかし、ここでヤケになってはいけない。せっかくここまで寄せたのだ。このパットを最終打にするためにも無理は禁物、股に逸物、手に荷物、なのである。
 とりあえず、芝を読むことにした。依然として胸は高鳴り頬は紅潮している。冷静を保ってみるもののそれが単なる強がりでしかないことは自分自身がよ~くわかっている。こういうとき、人は無性に叫びたくなるものだ。
 どれぐらい時間が経ったのだろうか。ひとしきりあらゆる打球のパターンをシミュレーションした後、ふと我に返り辺りを見回した。
 「(.....そろそろ打たんと、ヤバイな)」
パーティーの他の3人の視線は私に集中している。私が右に行けば右に、左に寄れば左にといった具合である。まさに”待ち”の状態である。きっと頭の中は空っぽなのだが、視線だけは対象物から外れない。はたから見るとボーとしているという外観である。しかしあの頭の中ではもちろんのことカウントダウンはされていて、あてのない結末にむけて今か今かと時を刻んでいるのである。前回も同じようなことを書いたが、このままいたずらに時間が進むにつれストレスがたまり必ずいつか爆発するのだろう。人はそれを発狂と呼ぶ。
 「はっきょーいのこった!」
..............................
あまりにもしまりがないため、続きます。

最終回「この想い出は、重いで!なのだ」

あらすじ
 ホールまであと50cm。ひとしきりあらゆる打球のパターンをシミュレーションした後、ふと我に返り辺りを見回した。
「(.....そろそろ打たんと、ヤバイな)」

 焦りが焦りを呼び、胸の鼓動が更に激しくなってくる。何度深呼吸をしても効果がない。血液中の酸素濃度が高くなるばかりだ。ええいままよ...

「コンッッ」
「ん、なろ!」

半ばヤケクソでパターを振った。当たりと同時に深い後悔の念が襲ってきたが時既に遅し。

「ツツツツツツ...」

ボールはホールへ着実に向かっている。結果はただ祈るばかりだが入った場合のリアクションと入らなかった場合のリアクションを無意識に考えていた。入った場合は青木功風、入らなかった場合はタモリ風...こんな時にも周りに気を使ってしまう、サービス精神豊かに生まれたことを少しばかり恨んだ。
とその時、にわかに周りがざわついた。

「ツツ.ツ..ツ...ツ.....」
「いけ!もうすこし!ほら!そこだ!打て」
「ツ.....ツ..........」

私はこういう、いらいらする時間が好きだ。
そうこうしていくうちにボールはホール手前10cmのところでやや右に進路変更した。みるみるうちに進路がホールの中心からずれていく。

「あ!やだ!うそ!ちがう!そっちじゃない!こら!待て!」
「ツ...............」

ボールが、こちらから見てホールに右端にたどり着いたと思った瞬間.....魚が食いついたうきのようにボールは速やかに視界から姿を消した。

「コンッッ.ッ..........」

..........一瞬の静寂がまるで長い時間そうしていたかのように頭の中を支配した。その塊は次第に私の胸の中で熱を持ち始め、熱く熱くなっていった。

「おお~~~~~~~!!!!!!」

叫ばざるを得なかった。とうとうやった。俺は、俺は、ついにやったのだ。俺の分身がホールを占拠したのだ。これが叫ばないでいられるか!この、この感動はどうだ!たかがゴルフ、されどゴルフだこんちきしょう!産まれて初めてゴルフをやり、数々の至難を乗り越えてここまで来たのだ。思えば辛いこともあった。しかしそれも今となればいい思い出だ。この思い出は重いで。いやそんなギャグはどうでもいい。今は、今はこの感動に浸らせてくれ....................
「村田君、行くよ」
 一人感動している私を横目に、皆そそくさとその場を立ち去って行った。そうなのである。まだ第1ホール目なのである。ボールを穴から取り上げ、旗をホールに刺した。さあ、第2ホールだ。と支度を済ませて意気込んだが既にみんなの姿はなかった。後には若干湿り気の濃い、冷たい風が誰もいなくなる前のホールにふくばかりであった。

おわり

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