親友の彼に会わせてもらった
今年に入って、恋人を紹介してもらう機会があまりに多い。先週末の彼で4人目だった。20代半ばって感じだね。
みんな「1回見て」ってノリで持ちかけておいて、本当に会わせてくれるのが面白い。
ちなみに私は、友人とその恋人が一緒にいるところを見るのが、異常に好きだ。
「いつから付き合っているんだっけ」に始まり「どっちが先に好きになったの」「どのくらいの頻度で会ってるの」と、既知の話題から攻めていく。
そんなことは彼女から散々聞いて耳タコなんだけど、本当に聞きたいわけではないので良い。私はただ、横で嬉しそうにしている彼女を見たいだけだ。
ゆるゆるの顔で、ちょっと照れくさそうにして、時々「バカ」なんて言って彼を叩いちゃったりするのを見るともう、たまらない。
私のガールフレンドはみんな気のいい子たちで、ゆえに泣かされたり悩まされたりすることが多かった。いつも「どうか幸せに」と、伏せられたまつげに祈りを重ねるしかできなかった。
馴れ初めを話す彼、を見つめる彼女を見ていると、昔見た泣き顔が脳裏を駆けめぐり、涙がせりあがってくる。
そのうちどんな話にも「よかったね」としか言えなくなり「咲月、興味ないんでしょ」と笑われては「そんなことないよ」と返すのだ。
あんたね、本当にそんなことないのよ。よかったと言うので精一杯なだけ、でもそれが1番素直な感想でもあるんだよ。
どの子も、最後に「咲月も、いい人見つかるといいね」と言ってくれる。私にはそのセリフがいつも「めでたし」の合図に思える。
あなたは本当にいい人と出会えたんだね、これでめでたしめでたしだ、の気持ち。
そして帰りのホームでついやってしまう、もう要らなくなった「お幸せに」の念押しまでが、長い長いテンプレ。
こういう私のことを、みんなは「やさしい人」と言ってくれるけれど、私は本来やさしくない。昔父から、お年玉袋に「やさしく」と書かれたくらいだもの。
たぶん「生まれ持ったもの」とやらの中に、それを1ミリも持ち合わせていない人間なんだと思う。
そんな心のない私にあたたかい感情をくれる存在こそが、彼女らなのである。私をやわらかくしてくれる1人ひとりに、ずっと、いつも、感謝している。
帰りの電車で「おくりびとかよ」と自嘲しながら、「私も彼氏欲しいな」と少しだけ寂しくなりながら、「でも、これでいいや」と思えた。
収めたばかりのツーショットから目線をあげる。車窓に映る顔があまりに弛緩していて、この想いは真実なんだと嬉しくなった。ほうら、今日もまた、やさしさをもらっちゃった。
私の大事な、愛おしいガールフレンドたち。どうかみんな、ひとり残らず、誰よりも幸せになって。大丈夫、私もそのうち行くからね。
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