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公共広告についての論争をきっかけに、デンマークの学校で広告について学んだ娘の体験を振り返ってみた

JR大阪駅に掲示された公共広告について最近ネット上で論争になっていると知った。広告といえば、多くの人が日常的に目にするものである一方で、わたしたち個人はそれをどのように受け止め解釈すれば良いのか、あまり明確な基準はない気がしている。ただ何となく描かれたもの自体について「好感が持てる」か「不快だと感じる」といった印象で語ることが多いのではないか。それ以上の言葉にするすべを、わたしたちは持ち合わせていないのかもしれない。それでも、多様な人々が目にするものを快不快という感覚のみで語るのが十分なのか、どこかひっかかる。

今回の出来事をきっかけに思い出したことがある。広告についてデンマークの学校に通う娘が授業を通じて学んだことだ。この記事では、デンマークの学校でどのように広告が扱われているのかを少し紹介し、そこにヒントがないかを考えてみたい。


CMを自分で作ってみる

3年前、娘がデンマークの学校の6年生だったときのことだ。授業でクッキー「OREO」のCMを作っていると聞いたとき、わたしはこのテーマに初めて関心をもった。既成の商品を使い、学校の授業で広告を作るとはどういうことなのだろう。当時の娘の話がとても興味深かったので、記憶を思い起こしながらその時の様子を書き出してみたい。

どの教科でどういった観点から扱うのか。娘の例でいえば、それは6年生の国語科(デンマーク語)だった。グループワークで、娘は2人のクラスメートとともに、まず広告を作りたい商品を選び、携帯電話の動画撮影アプリを駆使して撮影、編集し、デンマークの生徒たちが動画や音声などで作った課題を保存しておくためのサイト"SKOLETUBE"で共有して、クラスメートとお互いの作品を鑑賞し合ったそうだ。

娘たちの作成したOREOのCMは、関西人なら多くの人が知っている「551のあるとき~!」と同じようなプロットだった。まず3人の女の子たちがバスに乗り遅れたり、大切なものを失くしたり、水たまりにはまったりとついてない日常が描き出される。シーンは切り替わり、3人はOREOを囲んでヒュッゲな時間を過ごす。するとその後はバスに遅れることもなく、落とし物は見つかり、水たまりにもはまらずに一日を過ごすことができたというものだ。キャッチコピーは詳しく覚えていないが、OREOが幸せを運んでくれるというメッセージが女の子たちの様子から見てとれるものだった。

ターゲット・3幕構成・AIDAモデル

面白い体験ができたんだなぁ程度に当時のわたしは始めの頃思っていたのだけれど、これはもちろんただ何となく「こんな感じかな」というイメージで作られたものではない。授業では、小学6年生向けに説明された広告理論が解説され、その理論をもとに子どもたちはプロダクトとしての広告を作成している。

まず始めにやったのは、CMのターゲットは誰なのか、この商品は何が売りで、CMを通して伝えたいメッセージは何なのか、そういった点を明らかにしていくことだったという。その後、CMとして形にするための「ものがたり」「プロット」とよばれるものをスケッチする。「発端・中盤・結末」という3幕構成で構成されることが求められたそうだ。OREOのCMでは、

〈発端〉で、主人公たちの置かれている悲しい現状を描き、
〈中盤〉で、OREOがかれらの現状を変化させ、
〈結末〉で、全員が幸福感を感じる、

という構成、とでもいえるだろうか。
三幕構成では、中盤に状況の変化や葛藤をもってくることで、見る側の関心を引き立てるのだという。

これに加えて、AIDAモデルというマーケティングモデルも用いられた。

AIDAモデル pkmedier.dkより

Attention(注意) Interest(興味)Desire(欲求)Action(購買行動) という流れで逆三角形に表示されたこのモデルは、4つの顧客心理の頭文字から作られたモデルで、19世紀の終わりにできた理論だそうだ。まず人々を惹きつけて関心を持たせ、「それ、ほしい!」と欲求をかきたてて購買行動へとつなげるこのモデルを6年生の子どもたちがどれほど詳しく学んで形にしていたのかはわからない。しかしこのモデルで自ら作成したCMを説明できなければいけないようだったので、ある程度は意識して作っていたのだろう。

1分に満たないCMをグループごとに作成し、互いの作品を鑑賞して意見を述べ合うというところまでが授業の内容だったと記憶している。


様々な教科や文脈で広告を扱う

6年生でこのOREOのCMを作った娘は、その後も毎年国語の授業で様々な広告について扱われてきたと話している。

娘のクラスでは国語科内で扱われていたが、デンマークの教育省のホームページを見ると、様々な教科で、広告を題材として扱う方法を提案している。例えば、

・調理科(日本の家庭科の中の調理に特化した教科)では、「からだに良いファストフードについて考える授業」のなかで、その商品を開発し、広告を作成するという課題

・歴史科では「ものがたり」という単元で、商品の購買意欲を高めるためにテレビCMにはどのような「ものがたり」があるのかを分析する

・キリスト教科では、聖書の中の物語がどのように広告に利用されているかを分析する

・国語科では、読んだ本のブックトレーラー(映画の予告編のようなもので本の面白さを伝える動画)を作成する

このように様々なかたちで、どの教科でも各学年や教科の学習目標と組み合わせながら広告を扱うことができますよと教育省は提案している。

全学年、全教科を通じて柱となる「ITとメディア」

デジタル先進国でもあるデンマークでは、学校教育でもICT教育が非常に盛んだ。そして「ITとメディア」というテーマに関しては全学年、全教科を通して取り組むことが求められている。これはたとえばPCやiPadといったIT機器や様々なアプリを道具として使うということだけに留まらず、ネット情報についての分析や影響力について、またSNS上のコミュニケーションの課題などあらゆる側面を含んでいる。

この「ITとメディア」にかんし、学習者である生徒は以下の4つの立場で定義されている。

・批判的に物事を調べていく立場
・分析的に情報を受け取る立場
・目的を定め、創造的に情報を生みだす立場
・責任感をもって参加する者としての立場

つまり与えられた情報をただ疑わず受け取るのではなく、その情報に対して批判的に向き合い、精査、分析できるようになること、さらには受け手としてだけでなく、情報を自ら生みだし伝える立場としても試行錯誤をしながら情報を介して他者とコミュニケーションを取る立場であるとも考えられている。


理論をもとに分析する力をつける

その他にも中学生向けの学習ポータルサイト(デジタル教科書のようなもの)を少しのぞいてみると、高学年(日本の中学生にあたる)では上記以外にも、広告を分析するためのさらに別の理論や広告の歴史、また「広告と性」というテーマで、広告にもちいられるジェンダー・ステレオタイプや偏見を解釈していくといったことも扱われている。さらに、コロナ禍のロックダウン中に教科書会社が立ち上げた「ソファースクール」(Sofaskolen)という動画サイトでは、5種類のシリアルのパッケージデザインを比較しながら、商品の特徴やターゲットを分析するという授業が、広告代理店の社長とともに行われていた。

広告にかんする授業について情報を集めてみて改めて思うのは、好き嫌いといった個人の感情や主観が重視されることもなければ、「表現の自由だから何を扱っても良い」という、ある種の思考停止を招くような言葉で何でもありだと言い切ってしまうのでもないということだ。最終的なプロダクトを鑑賞し合う場面では、互いの広告に好感を持ったり不快だ感じることも伝えられているかもしれないが、その理由の説明の仕方も含めて、常に様々な観点から分析する冷静な目線が養われている印象がある。

広告というメディアを題材に各教科の学習目標に沿いながら、生徒は理論をベースに、受け取るさまざまな情報を批判的に分析することを学ぶ。さらに自ら情報発信や制作を通してコミュニケーション方法についても学んでいく。こうして、より多角的にメディア(広告)のあり方や影響力を捉え解釈し、論じ合える力をつけていくのだろう。これはわたしたちが広告について論じ、考えるときにも必要な要素ではないだろうか。

とはいえ、デンマークの教育省が提示する学習目標や授業案などが、あらゆる学校や教科指導でしっかり再現されているとは言いきれないのもまた現実でもある。実際、娘のクラスでは現在の学年(9年生)で新製品を企画し、その広告を作成するという課題が与えられていたが、国語科の先生がこの単元にあまり時間を割けなかったために、アップロードされていた完成作品はどれもクオリティの低いものだった(娘の許可を得て自宅で鑑賞させてもらった。本人の意見も参照)。良い課題やガイドラインがあっても、それが充分に扱われるかどうかは各学校や教員、またその時の状況や時間配分によって異なるということも現実問題として最後に付け加えておきたい。ただそうは言っても義務教育期間にさまざまな教科や学年を通し、広告を含めた多様なメディアを理論的に分析し、解釈する機会が幾度もあれば、卒業までにはある程度その力を養えるのではないかとも思う。少なくとも批判的な視点でメディアからの情報を受け止めるという姿勢を身につけるだけでも有意義だろう。社会を構成しているわたしたち一人ひとりが建設的な議論や対話を重ねていけることは、わたしたちが平和的に共存していくためにも、非常に重要なことだから。

20.marts/ Reklamer -Intro for 7.-9. klasse/Sofaskole


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