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デンマークの公共図書館は学校や地域をどのように支援しているか

2年前に、デンマークの公共図書館が学校や地域をどのように支援しているかについて、日本学習社会学会で発表する機会をいただきました。今回は、その時に発表した内容を、後日学会誌に載せていただいた原稿にもとづきながら紹介したいと思います。

はじめに

ICTの進んだデンマークの学校教育現場では、デジタル教材やPCをベースにした授業やグループワーク、プレゼン方法などが小学校から常時用いられ、授業や学習形態もそれに応じて多様化している。また、ICT導入以前から重視されてきた批判的に物事を検証する姿勢や、議論や対話を通した学びの形も継続されている。さらに2013年の大幅な学校教育法改定では、学校は地域の企業、団体・公共施設と積極的に協働することが義務付けられた。このような背景から、デンマークの公共図書館は、学校支援に向けて様々な取り組みを行っている。

グループワークに取り組む生徒と指導する先生


そこで今回の発表では、デンマークの公共図書館が取り組んでいる学校・地域支援活動の中から3つの例を取り上げ紹介した。

1.デンマークとフォルケスコーレ法

デンマークは、スカンジナビアと呼ばれる欧州北部に位置し、スウェーデン、ドイツと国境を接している欧州の小国である。総面積は約4万3千km2で九州とほぼ同じ大きさ、総人口は580万人で兵庫県より少し多い程度だ。

デンマークの教育制度は、1年間のプレスクール(幼稚園学級)と9年間の初等・下級中等教育からなり、最終学年(9年生)後の一年間(10年生)は選択制となっている。

デジタル先進国ともいわれるデンマークでは、学校教育でもICTの利用が活発で、例えば首都コペンハーゲン市の公立小中学校では、小学4年生から毎日授業でノートパソコンを使用するため、自ら持参するか、学校で借りることが通常だ。また伝統的に、デンマークではグループワークやディスカッション、対話を通じた授業形態が一般的であり、近年はそれに加えて、身体を使った学習形態や、学校以外の施設と連携した多様な学びの場を積極的に利用することも求められてきた。

2013年の公立小中学校を対象とした学校法の改定では、この点にさらに踏み込み、学校が地域の様々な企業や社会教育施設、団体とパートナーシップを結ぶことが義務付けされた。これに際し、各市の教育課は、企業、施設や団体と学校との協働に関する大枠を設定し、各学校の運営委員会が、協働に関する具体的な指針を決定するものとされた。この取り組みは「オープンスクール」と名づけられている。

2013年に改訂されたフォルケスコーレ法の一部

2.オープンスクール

オープンスクールで学校が連携している組織や団体のうち、約半分は文化・社会教育施設で、図書館、美術館、博物館、自然公園などが様々なプログラムを学年や教科に合わせて提供。多くの市では、オンラインカタログを作成し、教員が指導する学年や教科、テーマに合わせて選びやすいよう配慮されている。教員は、授業内容やテーマに合わせて、様々なプログラムの中から必要なものを選び、オンラインで予約できる。

公共図書館が提供しているオープンスクールプログラムでは、図書の紹介、情報検索、メディアリテラシー、SDG’Sといったテーマの授業を行っている。各テーマは低中高学年に分かれており、各教科との関連性や、必要な時間数なども図書館のホームページに示されている。


自治体や図書館によって、提供しているプログラムは異なるが、多くの図書館ではオープンスクールをきっかけに、学校や生徒が図書館を多様な目的で利用できるよう、学校の教科や学習テーマに合わせた様々な取り組みを提供している。以下に具体的な例を紹介する。


3.公共図書館の学校・地域支援オープンスクールの具体例

3.1. スマートに検索しようー情報検索とメディアリテラシーを高めるオンライン教材


2016年にデンマーク中央図書館協会、デンマーク教材センター、デンマーク文化省(城・文化委員会)によって共同開発されたオンライン教材「スマートに検索しよう」は、子どもたちの情報検索能力とメディアリテラシーを高めるための教材である。

この教材は、初めて情報検索について学ぶ小学3年生向けから、9年生(日本の中学3年生に相当する)の卒業プロジェクトにも対応できるレベルなど大きく分けて3つのレベルに分かれている。それぞれ、検索前、検索中、検索後という各段階で必要なことを学ぶ仕組みだ。

例えば、適切な検索結果を得るためにはどのような問いを立てることが必要か、検索して得られた結果をどのように分析し、評価するかといったことが、段階式に学べる教材となっている。

また、インターネット上での情報検索だけではなく、図書館の資料やデータベースの使い方、分類方法の説明などもあり、子どもたちが図書館でこのオンライン教材を使う際には、実際に図書館の中を歩きながら、分類法などについても学ぶことができる。

オンライン教材で情報検索を学ぶ際に、具体的な調べ学習とつなげることもできる。

例えば、デンマーク語(国語科)や自然・技術科(生活科)等の調べ学習の一環として子どもたちにテーマを与え、情報検索のプロセスも学べるというもの。この場合、学習指導要領に示された到達目標にむけて、教員が教材システム内に課題を作成し、生徒の取り組みをオンラインででモニタリングすることができる。生徒は仕上げた課題をオンライン上で教員に提出し、教員がそれにフィードバックもできる。

この教材は、学校で教員が授業の一環として利用することもできるが、図書館司書を学校に招いたり、生徒が図書館に出向き、司書の指導のもとに資料に触れながら学ぶという形でも提供されている。

3.2. 音読チャンピオンシップ

首都圏郊外にあるバレルップ市(人口約4万人)では、公共図書館が市内の6年生向けに、毎年、音読チャンピオンシップというイベントを開催している。

このイベントでは、まず公共図書館の児童図書館司書が、6年生向けに図書館で文学作品のジャンルや読書についての解説と、様々な図書をブックトークという形式で紹介している。生徒たちは、紹介された作品をその場で借りることができる。これは公共図書館の利用を促進し、子どもたちが様々な文学作品に出会う場とされる。

ブックトークの後は、図書館がブックトークで紹介した様々なジャンルの作品から抜粋した文章を、各学校の国語科教員に送付する。この中から、国語科教員と生徒たちが、音読チャンピオンシップで音読したい作品を選ぶ。生徒が音読したい作品をここで紹介された作品以外から選ぶことも可能だ。

各生徒が音読する作品を選んだ後は、授業で音読方法について学び、練習をして、各クラス、学校内で選抜を行う。音読は6年生の国語科の指導要領にも含まれており、この一連の取り組みは授業の一環として行われている。


バレルップ市内の5つの各学校(6年生、全24クラス)で選抜が行われた後は、市内で準決勝が行われ、ファイナリスト24名が決定する。この準決勝戦は各学校の図書館司書と国語科教員が執り行う。

24名のファイナリストが競い合う決勝当日は、市内の6年生が会場へ応援に駆けつけ、客席から発表を見学する。

決勝では、ファイナリストの生徒が各自練習してきた作品の抜粋と、当日与えられる別の作品を音読する。当日与えられる作品には、30分間の練習時間が設けられ、ファイナリストの生徒は、あらかじめ選んである数名のクラスメートからアドバイスを受けながらその場で少し練習して本番に挑む。

審査は、この取り組みの企画・運営者である市の教育課の職員、公共図書館と学校図書館の司書、そして前年度の優勝者だ。現在、この取り組みは市内全学校で、国語科の年間計画に取り入れられている。

優勝者は毎年1名。優勝するとトロフィーと賞状以外にも、クラス全員分の映画チケットとポップコーン引き換え券が与えられる。クラスや学校(学年)全体で楽しみながら取り組めるオープンスクールの企画・授業形態である。


3.3. メーカースペース

メーカースペースとは、学校や図書館、また独立した施設で、シンプルな材料から、3Dプリンターなどのハイテク機材を利用した、ものづくり、学び、探求のためのコラボレーション・スペースのことである。

デンマークでも、オランダやフィンランドの公共図書館と同様、メーカースペースを併設する公共・学校図書館が増えている。公共図書館のメーカースペースは、学校の技術・デザイン科や美術科、数学科の授業をオープンスクールの一環として行うこともある。また、地域の子どもを含む市民が、家庭の背景にかかわらず、最新のテクノロジーを無料で気軽に学び利用できる場としても考えられ、民主主義の考えをベースに、図書館がテクノロジー格差を解消する場として積極的な役割を担う。

バレルップ市の公共図書館では、図書館の職員が様々な取り組みを企画、運営し、学校の教員がクラス単位で申し込む仕組みだ。年間約20クラスほどがこの図書館のメーカースペースに授業の一環として参加している。

取り組みには、DIYワークショップ、木の巣箱づくり、ハンドスピナー、アクセサリー、Tシャツ・布バッグプリント、バッジづくりなどの簡単なものから、数時間かけて、3Dプリンターとプログラミングを掛け合わせ、簡単なロボットを作るワークショップもある。低学年向けには、地域の花や植物を集めてイラストとして描き、そのイラストのシールをメーカースペースで作成し、地図の読み方を学んだ後に各植物のシールを地図上に貼っていくという取り組みなどもある。

これらはすべて年間計画として図書館が企画し、オンラインカタログ上に提供している。どのイベントもその開催時期、対象学年、教科、学習目標などが明確に記載されているため、学校教員が申し込みしやすくなっている。

メーカースペースでは、オープンスクールだけでなく、地域の子どもを含む市民向けのイベントも行っている。平日の夕方以降には、市民ボランティアが常駐し、図書館の職員とともに利用者に機材の使用方法を伝えたり、作品の作り方を利用者と共に考える。ここでは「利用者が何を作りたいか」にフォーカスし、図書館司書のレファレンスと同様に、市民が必要とすることに職員やボランティアが寄り添うかたちをとっているのだそうだ。

また学校の休暇時期には、数日にわたるイベントも企画されている。普段、個人でメーカースペースを利用する人には男の子や男性が多いため、2021年の夏休み期間中には、女の子をターゲットにしたイベントを企画した。「女性の服飾デザイナーにリメイク方法を習う」というこの企画は、学校内の連絡方法として使用されているイントラネット内で告知したところ、保護者や生徒からの申し込みが殺到したのだそうだ。

4.おわりに

デンマークの公共図書館が、オープンスクールの一環として学校支援をしている現状について、3つの具体例を通して紹介してきた。

共通しているのは、公共図書館が、学習指導要領に沿った様々な学習機会を積極的に提供していることだ。公共図書館の児童サービス担当者らが、学校司書、教員らと密にかかわりながら、学校が必要としているテーマやプロジェクトを、利用しやすいかたちで提供している

デンマークの公共図書館は、資料・情報を保管し市民に提供する役割に加え、情報検索のスペシャリストとして、様々な文学作品を子どもたちに届ける場として、またIT・テクノロジーに触れる場を提供しながら創造的な活動を支援する場として、学校や地域への支援を積極的に行っている。

オープンスクールはこのような図書館の多面的な役割を多くの子どもたちに知ってもらうひとつの方法にもなっている。

デンマークの公共図書館は、民主主義社会の一市民である子どもたちが必要とするさまざまな学びの場を提供しているといえるだろう。
 


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