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「しかし何分小生の胃腸直らずその為痔まで病み出し床上に机を据ゑて書き居る次第この頃では痩軀一層痩せて蟷螂の如くなつてゐますそれ故……」

 

夏目漱石から松本清張、村上春樹、そして西加奈子まで90人の書き手による悶絶と歓喜の〆切話(エッセイ、日記、手紙など)94篇を収録したアンソロジー『〆切本』、続く『〆切本2』から、文豪の作品を13篇、お届けします。
師走の忙しさを一時忘れさせる、泣けて笑えてためになる(?)〆切エンターテイメントをお楽しみください。

手紙 大正八年/十年 芥川龍之介


大正八年十二月十八日 水守亀之助宛 

拝啓 新潮の原稿御約束しました所昨夜より急に発熱し今日猶床に就いてゐます医者曰流行性ではないが風邪だらうと、それ故どうも執筆する勇気が起りません昨晩も半枚書いて見た所熱が八度になつたので止めました右様の次第に就き寄稿の件は不悪御容赦下さいこれで頭痛腰痛咽喉痛がないと原稿を書く苦労がなくなるだけも甚天下泰平なのですが方々痛い為不愉快です 以上

  朧月十八日 芥川龍之介

水守亀之助様


大正十年九月八日 薄田泣菫宛 

拝啓 原稿おくれがちにて恐縮仕ります電報料ばかりでも社の負担がふえた訳ですしかし何分小生の胃腸直らずその為痔まで病み出し床上に机を据ゑて書き居る次第この頃では痩軀一層痩せて蟷螂の如くなつてゐますそれ故上海游記と次の蘇杭游記との間に一週間息を入れさせて頂きます尤も原稿はその間にも送ります一週間ためた上御出し下されば好いのですそれから出版の件社から出す事になったよし社から出れば売れさう故結構です但し印税は本屋より安くはないですか本が安く出来、印税の率が安いと千部位の売れ高の違ひは著者にとり同様です病中原稿は出来なくてもこの位の欲心はあるものと御思ひ下さい虚吼先生は健在ですか

   炎天に上りて消えぬ箕の埃

これは俳賢俳仙どもにほめられた句であります 頓首

   九月八日我 鬼

すゝき田様

二伸 おとぎ話(小生作)日曜附録に出なかった由御迷惑ながらあの原稿小生まで御返送くださいあの原稿を百円に買ふと云ふ編集者が現れましたから


(『〆切本2』より)

芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)
1892年生まれ。小説家。作品に『地獄変』など。原稿を催促する水守亀之助は新潮社に入社したばかりで編集の傍ら作家活動をした。薄田泣菫には、胃腸の調子と痔で「蟷螂の如く」なっていると書く。菊池寛は「かうした病苦になやまされて、彼の自殺は、徐々に決心されたのだらう」と書いた。漱石もまた痔に悩んだ。1927年没。
* 手紙 大正八年/十年  『芥川龍之介全集 第十八巻』『同全集 第十九巻』岩波書店




▼【3万部突破!】なぜか勇気がわいてくる。『〆切本』
「かんにんしてくれ給へ どうしても書けないんだ……」
「鉛筆を何本も削ってばかりいる」
追いつめられて苦しんだはずなのに、いつのまにか叱咤激励して引っ張ってくれる……〆切とは、じつにあまのじゃくで不思議な存在である。夏目漱石から松本清張、村上春樹、そして西加奈子まで90人の書き手による悶絶と歓喜の〆切話94篇を収録。泣けて笑えて役立つ、人生の〆切エンターテイメント!


▼【発売即重版!】今度は泣いた『〆切本2』
「やっぱりサラリーマンのままでいればよかったなア」
あの怪物がかえってきた!作家と〆切のアンソロジー待望の第2弾。非情なる編集者の催促、絶え間ない臀部の痛み、よぎる幻覚と、猛猿からの攻撃をくぐり抜け〆切と戦った先に、待っているはずの家族は仏か鬼か。バルザックからさくらももこ、川上未映子まで、それでも筆を執り続ける作家たちによる、勇気と慟哭の80篇。今回は前回より遅い…


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