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或る怪奇譚

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或る怪奇譚

 高貴な依頼人②

 女性の声の後に大きな扉が開き、我々はいよいよ逢坂の家に入ることになった。
 琳城は胸に手をやり、彼女に微笑んで軽く会釈する。と、私にもやれという目を寄越してきた。仕方なくその要求に応えたが、如何にもな紳士然とした行為は私の性には合わぬ。むず痒いものである。
 長らくこの屋敷には足を運んでいなかったのだが、屋敷の中は変わらぬ配置、以前に訪れた頃と全く変わっていないように思える。

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或る怪奇譚

 高貴な依頼人①

 琳城から、荷物は少し大きめの手提げ鞄のみを持つようにとの注文を受けたので、私は他の荷を彼の家に置いてきた。
 琳城自身はといえば珍しくステッキも何も持たず、指を組ませて馬車の窓から遷ろう景色を眺めている。

「さて、もう十分に落ち着いてきたところだ。そうだろ?先刻の質問の絡繰を教えてもらおうじゃないか」
「ああ、あの質問の話だね。一つ目の質問についてはこうです。暗号広告によれ

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或る怪奇譚

琳城朗という青年③

「というのも、暗号広告を解釈するに、こうです。ハガルは打たれん、イサクは砕かれん、地は口を開き牛を呑み込み、呑まれる男は二七三に及ぶ。打たれん、砕かれんは恐らくそのままの消極的な意味でしょう。仮に転じて積極的な意味であれば、この暗号広告を出す理由があるとは考えにくいからです。
 そして後半から導かれる民数記の記述、つまりツェロフハドの相続から推し測るに、この『ハガル』と『イサ

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或る怪奇譚

琳城朗という青年②

「どうだろう、これは間違いなく暗号だろうと私は思ったのだ。何者かによってテーブルに置かれた奇妙な新聞に奇妙な広告、これはきっと解決しなければならぬ、そう突き動かされたのだよ」
 琳城は要領を得た顔をすると徐ろに立ち上がり、山積する本の中に手を突っ込んで何やらガサゴソとやり始めた。
「確かに間違いなくそれは暗号でしょう。その広告については、実は僕も少々考えるところがあったんだ」

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或る怪奇譚

琳城朗という青年①

 永遠に思えるほど長く続いたトンネルの暗闇が終わるや、視界に飛び込んだのはまたも鈍色の曇り空であった。これまで飽きるほど単調な直線の続いた道程は漸くカーブに差し掛かり、窓を開け目を細めて外を見遣ると、ガタゴトと頑張る車輪の下から遥か向こうの景色に至るまで、ここ数日の雨で薄く湿った枕木の隊列と錆びついたレールが延々と続いている。
 もう秋に差し掛かるというのにジメジメと淀んだ空

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