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進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#20~さんふらわぁ僥倖旅(6)【札幌→岩見沢→苫小牧】

 岩見沢行き普通列車は定刻11時7分に札幌駅を後にした。当初予定では既に自宅で某用務に取り組んでいなければならぬ時間だが、私は大雪の北海道にいて、なおも鉄道に乗り続けようとしている。これでいいのかと自問してみるが、仕方ないという自答しか浮かんでこない。
 2023年2月3日(金)、全道的には大雪のピークは越えたが、引き続き石狩地方と空知地方は大雪警戒との予報で、そして私の今日の行程はほぼその両地方に収まっている。予報は正確らしく、岩見沢に近づくにつれ車窓の景色は暴風雪の様相を呈してくる。そこそこの込み具合のクロスシートは快適だが、今後の行程への不安が頭をよぎる。
 江別、豊幌と札幌近郊のベッドタウンで多くの乗客が降りて、車内は空いてきて、一方雪はますます激しくなる。昨年9月に往復した路線だが様相は全く異なり、これぞ北海道なのだなぁと思う。

 岩見沢駅の広い構内が見え始めた頃に列車はゆるゆると止まった。しばらくして「岩見沢駅構内のポイントが凍結しており、ただいま駅員が徒歩で解凍作業に向かっております」という車掌のアナウンスがあった。「徒歩」とか「解凍作業」という言葉のチョイスに不謹慎ながら少し笑ってしまう。改めて外を見ると、少なくとも1メートルはあるかと思われる雪に構内は埋もれていて、その上になおも新たな雪がどんどん降り積もっている。最早レールやポイントがどこにあるのかも分からず、どのように「解凍作業」をするのだろうかと思うが、そこはやはりプロで、何らかの手段で解凍は完了したらしく、定刻から10分遅れの11時58分に列車は白一面の岩見沢駅に何とか辿り着いた。

 次の苫小牧行きの発車まで小一時間余裕があるので、ホームの端っこまで行ってみるが、屋根がないので頭には雪が積もり、足は膝まですっぽりと埋もれてしまう。雪景色の鉄道は綺麗だと余所者は無責任に感じるが、それにしても限度があろうとも思われる程である。
 大雪が降っているということは当然極寒な訳だが、北海道医療大学駅から苫小牧までの切符を買ってしまったので、ここで改札をでる訳にはいかぬ。改札の外には売店や休憩スペースもあり、何より暖かいのだろうが、私はそこに行くことは出来ず、寒いホームと跨線橋やらをウロウロして体を動かし温めるしかない。札幌方面行きホームにある立派な農業用馬ゾリ木像の写真を撮るが、木像を見ていると雪の吹きすさぶ大地を馬ゾりが走る光景が脳裏に浮かんできて一層寒くなった。

 再び跨線橋の上に戻り寒さに耐えて行ったり来たりしていると、札幌方面から轟音とともに除雪車が突然入ってきた。後で調べてみると恐らくHTR400形という除雪車らしく、私のような古い人間のイメージするDEなんとかのラッセル車よりも洗練されている。雪がこびりついて良く見えないが赤白のツートンカラーもDEなんとかより明るい印象である。ラッセル車はガラガラというエンジン音を鳴らせたまま構内に5分ほど停車し、また轟音を響かせながら旭川方面へ去っていった。

 果たしてちゃんと運転されるのかと危惧していた室蘭本線の苫小牧行き各駅停車がようやく入線してきた。キハ150形という民営化後にJR北海道が製造した形式で、1両なのはともかくそのボロさに唖然とする。白をベースに緑と青のラインが入ったデザインはJR北海道の基本パターンだが、あちこちの塗装が剥げ落ち、剥げ落ちた部分は更に錆びつき、元のカラーリングが迷彩塗装のようになっている。動物か何かが衝突したと思われる大きな凹みもあるが、錆同様に完全に放置されている。この路線だけを走っているのかどうか分からないが、とにかくもうこの車両には1円もお金をかけません、ついでにこの路線も一刻も早く廃線に持っていきます、というJRの主張が聞こえてくるようである。

 それでもそこそのの数の乗客を載せたオンボロ車両は、定刻の12時45分に苫小牧に向けて雪をかき分け走り出した。車両はそんな有様で、上下合わせて10本ちょっとしか列車は走らない。運転系統は苫小牧で完全に分断されていて、室蘭なんぞは地の果てより遠い。もはや何故ここが室蘭「本線」なのか意味不明となってしまっている。
 昭和の時代には沢山の優等列車や延々と石炭貨車を連ねた貨物列車が行き交った栄光の路線を今はたった1両のオンボロディーゼルカーが淋しく走る。駅舎は歴史を感じさせる三角屋根が多く、そしてどの駅の構内もやはり今となっては無駄に広い。
 
 次第に空に明るさが戻ってきて、再び差し始めた陽射しが雪に反射して眩しく感じる。岩見沢から20分ほど走ると、かつて札幌方面と夕張を結んでいた夕張鉄道との交差駅であった栗山駅に着く。
 夕張鉄道は1975年に廃止され、車窓からはその痕跡を伺い知ることは出来ないが、札幌方面へのバスが多く発着する駅前ロータリーは結構賑やかに見えた。まさに今日札幌から鉄道で来た私の所要時間は待ち時間を含めて2時間、それがバスだと1時間というのだから勝負になるはずもない。岩見沢から苫小牧というこの鉄道経路にしても札幌経由の方が早く、残念ながらこの路線を廃線から救う理由はかなり乏しいと言わざるを得ないようである。

 栗山駅から石勝線と交わる追分駅までは約20キロ、ほとんどカーブもなく、田園と牧場の点在する中を真っすぐに南下していく。天気は回復してすっかり青空になり、遠くに白い雪を頂いた日高山脈が澄んだ空気に映えて綺麗に見えている。
 13時32分追分駅到着。石勝線とクロスするこの駅には昨年秋に来た、というか通過したのだが、その時は草に覆われていた広い構内が今日は当然雪に覆われている。2分停車の後、颯爽とした特急列車が走る石勝線との僅かな邂逅を終え、オンボロ老兵列車は苫小牧に向け最後にひと踏ん張りしますわ、といった感じでディーゼル音を一段と上げていく。

 上空に新千歳空港発着の飛行機が頻繁に見える。その下をかつての交通の主役であった鉄道が走っていく。そんな風景がしばらく続き、やがて左から千歳線のレールがゆっくりと寄り添ってきて14時1分に列車は沼ノ端駅に到着した。
 室蘭本線は戸籍上は苫小牧から更に室蘭方面まで延びているだが、実際の運転系統は室蘭から来た列車が沼ノ端から千歳線に入ってそのまま札幌方面に向かう、という形になっている。私も寝台特急でその経路を辿ったことがあるので、今回の室蘭本線の未乗区間は岩見沢からこの沼ノ端駅までの67.0キロでおしまいになる。
 とはいえ沼ノ端駅で降りてもどうしようもないので、当然終着の苫小牧までこのまま行く。ここからは貨物駅もあり、左からは次に乗る日高本線も合流してくるので、市街地の光景とも相まって車窓は賑やかになってくる。工場の煙突が林立するいかにも工業都市的な景観の中をゆっくり走った列車は14時8分に苫小牧駅の一番海側のホームに滑りこんだ。

 札幌を出発したのが11時過ぎでここまで3時間を要した。千歳線ルートであれば1時間少しで来れるところをわざわざ大雪の岩見沢経由で大回りでやってきた私は「阿呆らしさ極まって襟を正させるような趣さえある」という言葉を思い出し、そのカケラぐらいは実現できたかのかしら、と思った。

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