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進行形JR乗りつぶし日記(少しのオマージュ)#29~ひさびさ二人旅北海道(2)【釧路→知床斜里→網走→北見→滝川】

 午前6時過ぎの釧路駅は殊更に寒い。今回の二人北海道旅は逆回りではあるが一年前のルートと同じ部分が多いので、いろんな場所で既視感がある。この寒い釧路駅前広場も、改札が開くのを待つ光景も、座席確保のために列車に小走りに駆け込むのも全て昨日のことのように覚えているが、今日乗るのは根室行きではなく網走まで北上する釧網本線である。

 2023年9月22日(金)6時38分、網走行各駅停車は程々の客を載せて釧路駅を発車した。ひどく眠いことに加えて、ホテルの無料朝食を始発に乗るために放棄したので腹も減っている。しかし昨日と打って変わって天気は良く、窓際席に座っていると差し込む陽射しが体を温めてくれる。
 何度目かの釧路川鉄橋を渡って一駅隣の東釧路駅に到着。釧網本線の正式な起点はこの東釧路駅なので、昨年は確認できなかったゼロキロポスト(起点を示す標)を探す。味わいのあるレンガ造り駅舎の前にポストはポツンと立っていた。

 東釧路駅を出ると根室に繋がるレールに別れを告げ、北海道ではお馴染みのキハ54形ディーゼルカーは釧路湿原に入っていく。去年は陽が落ちてからここを通ったので、明るい湿原を見るのは何十年か振りになる。
 釧路湿原はさすがの大スケールだが、その真髄に触れるには列車から降りてトレッキングなりカヌーなりをしないと駄目なんだと思う。車窓から見る湿原にもまた別の風情があるが、やはり窓ガラス一枚を隔てていると自然の息吹を本当に感じることはできない。次はゆっくりとカヌーに乗るかと考えるが、度々思う「次は……」の域を出ない。
 湿原観光の拠点である塘路駅に7時9分着、停車時間が5分あるのでホームに出る。当たり前ながら都会とは全く違う澄んだ空気を吸い込む。屋根のないホームに佇む一両の古ぼけたディーゼルカーも清廉な空気を補給して休んでいるように見えた。
 右に左に湿原のパノラマが展開する中を列車はくねくねと進み、車内は次第に閑散としてくる。沿線には摩周湖、屈斜路湖、阿寒湖があり、温泉もまた沢山あるが、鉄道旅行だといつも素通りになってしまう。またしても「次は……」である。釧路から2時間半走った列車は定刻9時5分にオホーツク海に面した知床斜里駅に着き、おっさん二人は下車した。
 
 泣く子も黙る世界遺産知床の玄関口がこの知床斜里駅で、観光案内所併設の駅舎は観光拠点に相応しく綺麗に整備されている。ここからバスに乗ってウトロ方面に行き知床観光、というのが定番な訳だが、おっさん二人は釧網本線のレールを眺めながら15分ほど歩き、ライダー御用達の日帰り温泉でひとっ風呂を堪能した。

 温泉で火照った体が冷えてきた頃に知床斜里駅に戻り、11時12分発『快速しれとこ摩周号』網走行に乗る。またキハ54形だが綺麗な白色塗装になっていて知床感が高まっている。車内はかなりの混雑でオホーツク海に沿うこの区間は観光路線としてのニーズはありそうだが、JR北海道はここですら容赦なく廃線候補に挙げている。
 陽光にきらめくオホーツク海を一年ぶりに眺める。Cさんは北浜駅から原生花園駅のたった一区間が未乗とのことで、何でも以前に訪れた時は気持ちよく一駅散歩したらしい。

 オホーツク海の絶景を撮ろうと動き回る人々で静かに騒がしい列車は長い駅間を快走し、11時37分北浜駅到着。遠い昔にクルマで来たことがあるが、列車から降り立つのは初めてで、少々身震いしながらホームを歩く。目的としている『停車場』という名前の駅舎カフェは11時から3時間だけの営業で、この短い時間を狙って多くの人が「クルマで」訪れる。今日も既に店内は満員で、私たちは席が空くまで外で待った。
 小さな駅舎の壁や天井は訪れた人達が記念に貼っていった切符や名刺で溢れている。20年近く前に貼った私の名刺を一応探してみたが、当然痕跡すらなかったので、私は「北海道フリー切符」の説明券片に名前と日付を書いて改めて壁に貼った。
 20分ほどしてカフェに入る。店内には駅近辺の古の風景写真や制帽・サボ等の鉄道グッズ、写真集などが置かれていて、駅を愛する店主ご夫婦の想いが伝わってくる。私たちは北海道の鉄道全盛期を記録した写真集をあーだこーだ言って眺めながら、ハンバーグランチを美味しく頂いた。

 北浜駅からは当然網走に行くのだが、悲しいことに鉄道は全く使い物にならないダイヤなので13時47分発の網走バスに乗車する。どういう訳か私だけが「整理券ちゃんと取れ」だの「運行中に席移動するな」だの大きな声で運転手に叱られ続ける。他にも客はいるのに何故私だけを目の敵にするのかと網走バスへの不信感を募らせた何とも言えない時間が過ぎて、14時18分網走駅前着。

 次に乗る石北本線の鈍行は14時32分発なので、トイレを済ませてひととおり写真を撮るだけで車内に入る。西留辺蘂という途中駅まで行く列車で、キハ40形の2両編成はいわゆるタラコ色車両とグレー基調車両の2両編成だが、2両併せて客は10人もいない。
 留辺蘂は『るべしべ』と読む。アイヌ語の「ルペシュペ」が由来で「越える道」の意とのこと。アイヌ語由来というのはよくあるが、『蘂』という殊更難しい漢字を充てたことに感服する。

 女満別、美幌、緋牛内と去年とは逆の順番で通過して、15時44分に北見駅に着く。今日中に旭川を過ぎて滝川まで辿り着かないと明日以降の行程が破綻するのだが、そのための列車は北見18時16分発の特急しかない。このために北見で2時間半待つのだが、去年ここで食べた塩焼きそばが非常に美味だったので、Cさんを誘って去年とは違う店を訪れることにした。
 今回訪れた店は地ビール工房併設のレストランで、私は塩焼きそばを、Cさんは地ビールとツマミを注文した。塩焼きそばは安定の旨さだったが、Cさんは地ビールの旨さに何度も感嘆の声を挙げていた。下戸の私には分かりづらい感覚だが、連れてきた店で満足してもらえるのは素直に嬉しい。塩焼きそばではなかったが。

 北見駅に戻る頃には陽はすっかり落ちて暗くなっていた。特急『オホーツク4号』での滝川までの長い道中はどうせ寝るだけだろうと思っていたのだが、塩焼きそばと地ビールで二人とも気分が良くなっていたせいか、鉄道地図を見ながらどうでもいいようなことを3時間半ずっと喋っていた。
 ほぼ闇の静寂に包まれた滝川駅に21時51分到着、少々迷いながら辿り着いたビジホの部屋は令和の時代とは思えぬほどタバコ臭かった。

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