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閑話休題(6)――「帰国したらただの日本人」

私自身、今の留学生は恵まれているなと感じることが多々あります。

今はSNSが発達しており、SNSを使って他の人と中国語の勉強をしたり、中国に対する見聞を深めたりすることができます。それだけでなく、中国にいながらにしてさまざまなSNSにアクセスして自分をアピールすることもできます。

そして、SNSでもリアル(つまり中国の街中)でも、「留学している日本人」というだけで他の人との違いを出せます。中国留学中に、「中国文化に近い(理解している)人」「日本文化の人」として、ビジネスをする人もいるでしょう。ユーチューバーなんて始める人もいるかもしれません。

また、中国留学というのはとても楽しいものですし、ほとんどの人はいわゆる「留学ハイ」になってしまうでしょう。

でもじきに、留学生には厳しい現実が突きつけられることになります。

「帰国したらただの日本人」

どんなにSNSで違いを見せつけていたとしても、日本に帰れば一市民としての生活が待っています。SNSで発信する内容も一気に魅力がなくなり、コアな人以外は離れて行くことになるでしょう。

そしてそんな感傷に浸っている間もなく、日本で残った学業の処理や仕事探しなどに迫られることになります。これは今も昔も、中国留学を終えた日本人学生に突きつけられる厳然たる現実です。今留学中の学生の皆さん、皆さんはこの現実に耐えられますか?

◇◇

なぜこれほど厳しいことをいうのかというと、私も今考えると、中国にいたときはその言葉におびえていたからです。

私の留学時代当時は、SNSなどほとんど普及していなかった時代。それでも留学中の私はまさに「留学ハイ」の真っただ中で、いろいろな経験をし、いろいろな人と出会いました。そのようなことを考える暇なんてありませんでした。

でも留学を終えていざ日本に帰った時、ふと考えたことが「今の私には何が残っているんだろう」「今の私には何ができるんだろう」という本質的な問いでした。

私は日本の大学を卒業した後に中国に留学したので、日本に帰国しても大学生というわけではありません。何も肩書のないいわば「実家に居候している無職」という立場であるということに気付いてしまいました。これはまずい。

私は日本の大学では外国語学部でしたし、他に誇れる能力もありませんでした。もっと言えば、「自分は中国(または中国語)でしか生きる道はない」とずっと前から思っていました。そのために誰にも負けないぐらい中国語を磨いてきたつもりでした。

ならば中国、または中国語にとことんこだわってみようという結論に達しました。そしてその時、中国には後に私の妻となる彼女がいました。彼女のことも、自分の仕事のことも執着したい。そこで香港で仕事を探そうと思い立ったのです。

もし、そのまま日本で仕事を見つけていたならば、ひょっとしたら「ごく普通の日本の(底辺の)社会人」として暮らし、今の妻とも別れて平凡な生活をしていたかもしれません。その時の私は「普通の日本人では終わりたくない」という一心でした。

結果香港に行って仕事を探し、最終的に東莞での工場勤務という仕事を得ました。今から思えば、世間知らずでなにも能力のない自分を雇用してくれた香港法人の日本人社長には、今でもとても感謝しています。

東莞での工場勤務は正直恵まれていました。なぜなら、社会人になってもやはり、中国にいるだけで「日本人」という特別なステータスを得ることができるという事実があったからです。

東莞での工場勤務はつらかったものの、「日本人」という特別なステータスがあったおかげで、工員にちやほやされ、それだけで耐えることができました。まぁ要するにいわゆる「栄誉外国人」ですね。舞い上がっていたのかもしれません。

でもそういう立場に気づかない私は、やがて東莞での工場勤務に嫌気がさしてきます。

そして妻となる彼女との交際の中で、「結婚」という二文字も意識し始めました。これからどうすべきなのか。中国で生活を続けるべきなのか、日本に戻るべきなのか。最終的には「栄誉外国人」という立場を捨て、日本に戻る決意をします。

そこでまた意識してしまったのが「帰国したらただの日本人」という事実。

でもやはり私は、帰国してからも「普通の日本人では終わりたくない」という一心で、悪あがきをしました。

悪あがきというのは「中国に関わる仕事にこだわる」「理想の仕事が見つからなくても、なんとかしてつながりを探し出してしがみつく」ということです。

日本での仕事はごくごく平凡なものでしたが、休日を利用して中日通訳の学校に通ったり、2年かけて中国語の通訳案内士の資格を取得したりしました。そのころには、「ただの日本人にはなりたくない」という気持ちは恐怖感に変わりつつありました。

おかげで最終的には翻訳という、自分の基準として「ただの日本人ではない」職を得て、現在に至ります。

◇◇

このような自分の経歴から私が皆さんにお伝えしたいのは何か。

今はコロナ禍で、中国にわざわざ行って留学、就職している人は少ないかもしれません。でも今後中国で留学したり、留学終了後に中国で現地採用を目指す人もいるでしょう。

しかし中国にいる皆さんに忘れないでほしいのは、中国にいる今の自分の状況というのは、ある種「ボーナスステージ」であるということです。中国にいる時間は限られているかもしれませんが、可能性は無限大なのです。

中国で仕事を続けたり、起業したりして、中国で骨をうずめる選択肢もあるでしょう。

でも日本人である以上は、いつかどこかで日本に帰らなければならない時が来ます。ごくごく普通の日本人になった時に、「自分には何もない」といったことにならないよう、「自分がアピールできるもの」「自分がこれなら戦えるもの」を今の「ボーナスステージ」で探し出したり、養ったりして最大限利用し、中国での留学・仕事が無駄にならないようにしてほしいと思っています。

サポートしていただければ、よりやる気が出ます。よろしくお願いします。