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『赤城おろし漢字解体説』

かぜのとおり道(あるいは川)で育った私だから、かぜの文章がおのずと増える。かぜの文章ばかりになってもつまらないだろうと、ぼうっと思考するのだが、おなじみの赤城おろしが北の窓から私の部屋を今夜も覗こうとしている。

もう、あきらめている。からだのぜんめんでかぜをうけとめて暮らしてきたのだから。赤城おろしのかぜですりきれた肌と埃っぽい毛穴はこの土地に住む宿命で、赤城おろしが吹くたびに私の文章から漢字の風の服が吹きとばされて、ひらがなの『かぜ』になってしまう。

これは、私だけではない。という仮説だ。このあたりで育った文人を赤城おろしは、『漢字』という、外来語を吹きとばした。ひらがなだらけの、まるはだかになることもめずらしくない。もしかしたら、漢字を解体してひらがなをつくりだしたのは、かぜなのではないか、そんなふうにも思う。

ところで、かつて、広瀬川の上流に萩原朔太郎という詩人が暮らしていた。私はその下流で暮らしている。同じ広瀬川でも、萩原朔太郎の暮らしていたのは前橋の町のほうだろうが。
私は広瀬川を説明するときにはこういっている。南向きの赤城山の顔がある。その右肩から左腰に襷を掛けるようにくだりながれる川。それが広瀬川。その右肩と左腰の外側を利根川が三日月のようにながれて、広瀬川とつながっている。いわば広瀬川はバイパスの役割を担っている。

私は広瀬川を後ろ手組み(リアムギャラガー式)で歩いて上流域までいったことがあった。たしか、広瀬川は暗渠になっているのか、行方がわからなくなってしまう。利根川の上流で堰かなにかで水量の調整をしているようで、半人工的な川になっているのだろう。たぶんだが。
私が凄いのは、この問題をどうどうと解決しないところだ。「ふうん」で終わらせてみせた。解決しなくても気にならない精神をもっている。そうして、ぐうたらに暮らしてきたのだ。この広瀬川と萩原朔太郎の言う広瀬川に昔の面影などほとんどないだろう。「調べればすぐわかるだろう」と言う声は私にはとどかない。それは、どうでもいいのだ。追って調べても、どうせおもしろくないだろうから。変わらないのは、かぜだけだ。それでいい。

そう、私が話したいのは川のことではない。かぜの話がしたいのだ。『かぜが漢字を解体してひらがながうまれた』そんな仮説があってもいいのではないか。もちろん、そのかぜのはじまりは、平安の京のかぜだろう。大平洋から上陸した台風だったかもしれない。大陸からの偏西風だったかもしれない。それが漢字の服を吹きとばしてひらがなを生んだ。そういうことに、私はしようとしている。十二単じゅうにひとえを脱がすように。十二画の漢字を一画づつ外してゆく。

萩原朔太郎は、『真夏』を『ま夏』と表記した。いかにも萩原朔太郎らしい。私はこの表記をよく真似している。例えば、私が小料理屋をいとなむとするなら、『小料理屋 清野』とはしない。これではいかにも堅ぐるしくて風情がない。『小料理屋 せい野』か『小料理屋 清の』か『小料理屋 せいの』だ。或いは『小料理屋 せいノ』か。『スナック せイの』でもいい。当然、『ファッションセンター清野』ではない。『ファッションセンターせいの』だ。これが、センスだ。どうだ。私はなんの話しをしているのだ。
このほかにも、赤城おろしで吹きとばされて漢字の服を脱がさた言葉はたくさんある。それは、萩原朔太郎詩集を読んでご自身で発見してもらおう。この文章を読んでくれているみなさんの楽しみを私が奪ってはいけない。

偶然なのか、判断に迷っていることがある。このあたりで育った者。赤城おろしの直撃を受けた者に、『ひらがなずき』の傾向が見られることだ。萩原朔太郎の影響でそうなったのか、赤城おろしがそうさせたのか、どちらなのだろうか。わたしは、『赤城おろし漢字解体説』を支持したい。
糸井重里氏、あだち充氏にも、是非聞いてみたいものだ。『赤城おろし漢字解体説』と『赤城おろしを辛抱している間に、しぜんとがうまれた説』を。

『赤城おろし』は『からっかぜ』ともいう。もうひとつ、いいたいことがあった。この辺りで育った者の文章は、からっとしている。湿っぽくはない。フラットだ。そんなふうにも思っている。『やわらかなひらがなでうまれたからっとしたことば』をこの土地の者はすきなのだろう。もしくは、そう見せたいのかもしれない。我慢して。辛抱して。すこし、よそ行きのことばに仕立て上げている。かぜは田舎の匂いをも、ふきとばすようにおもう。めそめそした萩原朔太郎の詩集をよんでいられるのは、ひらがなのせいだと思うのです。漢字でいっぱいのめそめそした詩集、よんでられますか?


一月くらい前に書いた文章が、もの足りなくて追熟させていました。久しぶりに読んで、追熟を確認。すこし、旨みをくわえて、みなさんのマガジンに。


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