TVピープル

これは昨日1日で読んでしまった…。いろいろな事情により小説を読んでいる場合ではないのだが…。うむむ…。そんなもん…か。

これは1990年なので(平成に突入)前作短篇集から4年、かつ、長篇では『ノルウェイの森』の大ヒットの後の『ダンス・ダンス・ダンス』の後、となる。

短篇小説にも作風に変化がみられる。立て続けに「短篇ジャーニー」していたらいろんなことに気づく。

今回は先に

【好きな短篇ベスト3】
1. 眠り
2. 我らの時代のフォークロア-高度資本主義前史
3. 加納クレタ

「眠り」は、1週間以上まったく眠れなくなった女性の話で、むしろ体調はよくなりいきいきとして、それを人生における「拡大(拡張やったかな?)」と呼んだ。つまり睡眠時間を8時間とすれば人生が16時間から24時間に1.5倍拡大(拡張?)した、みたいな捉え方をしていて、彼女はひたすらトルストイの長篇小説「アンナ・カレーニナ」を読み続ける(途中、ドストエフスキーも読む)。
彼女はたしか30歳ぐらいで(まちがっていたらごめんなさい)、高校のときもアンナ・カレーニナを読んだらしいのだけど、話の筋は全然おぼえていなくて、でもあのとき熱心に読んだという熱量だけはしっかり覚えていて「あれはいったい何だったんだろう」と回想する。人生の変容を感じ、「あなたたちと話している時間さえもったいない、私は今日も読むのよ」という具合に自らを「拡大(拡張)」していく。
そしてある日、夫の寝顔をみて嫌悪感をいだき、子どもの寝顔をみて夫の寝顔に似ている…と、こうなれば短篇小説「レーダーホーゼン」に似ているわけだけど、彼女自身は夫や子どもから数千キロも遠くに離れていくという実感をもつ。孤独。
あるとき彼女は死を意識し始める。怖くなる。拡大された分の代償について思いをめぐらせる。
僕はこの話を読んで、小説や他の芸術を通じて触れる叡智の功罪みたいなものを感じる。それは裏返せば絶望でもある。この話は主人公が女性というのがいいのかもしれない。
春樹さんの小説は、子どもが出てくる話はそんなに多くない気がする。夫は歯科医。子どもは小学生。主人公は家事をなんともたやすくこなしながら、ひたすら「アンナ・カレーニナ」を読む。
(ところで僕も数年前に「アンナ・カレーニナ」に挑戦して読破はできたけれどかなり時間がかかった…)

「我らの時代のフォークロア-高度資本主義前史」は、前に読んだ時も好印象で、話の筋はだいたい覚えていた。いわゆるこれは短篇集『回転木馬のデッド・ヒート』みたいな構図で、実話に近い話を春樹さんが聴いている。途中、「あぁ、また似たような話かな…。過去の回想。ちょっと私小説っぽいし…。気分が暗くなる…」と思っていたけれど、最後の2ページがとても良かった。「我々みんなの身に起こった話である」と、1967~70年頃をふりかえる。「みんな」なんて、そんなわけはないだろう、と思いつつ、「大笑いなんてできない、今だってできない」という締めくくりに暖かいものを感じた。

「加納クレタ」。これは確か『ねじまき鳥クロニクル』の挿話になっていたと思うけれど、クレタの姉の「加納マルタ」って、こんなに江戸っこみたいな口調だったっけ(笑)
クレタは会う男、会う男に犯されてしまうのだけど、姉のマルタが助けてくれる。襲った男の喉を切り裂くのだが「いちおう裂いた方がいいぜよ」なんていう。ほんで、その男の幽霊がうろうろするんだけど、喉が裂かれているから話せないわけ。犯そうとしたからズボンはずらしたままの幽霊。これは単なるヴァイオレンスではない。くすくす笑った。このアン・バランス。オフ・ビート。
前はこんなにこの話、おもしろかった覚えがない。やっぱり僕は疲れているのだろう…オーケー。

【著書案内文(裏表紙より)】
不意に部屋に侵入してきたTVピープル。詩を読むようにひとりごとを言う若者。男にとても犯されやすいという特性を持つ美しい女性建築家。17日間一睡もできず、さらに目が冴えている女。-それぞれが謎をかけてくるような、怖くて、奇妙な世界をつくりだす。作家の新しい到達点を示す、魅惑にみちた六つの短篇。

*****

ここまで春樹さんの短篇をジャーニーしてきて思うのは、春樹さん自身が非常に迷い、苦しみながら殻を破りながら変化してこられたんじゃないかということ。「伝えたい」という思いが増幅されてきている。と同時に、僕自身も時に自分の中にある見たくないものにアクセスしながら成長している気がする。
今回「眠り」に触れて、あぁ少しずつ村上春樹の世界からの卒業に近づいているのかなぁとも感じた。

短篇集『TVピープル』はヴァラエティに富んでいておもしろいと思います。ぜひ。

さて次は…ブルータスの定義する「短篇集」によりますと『村上朝日堂超短篇小説 夜のくもざる』でございます。これぶっとんでてかなり好きなやつだ…。

(書影は https://books.bunshun.jp より拝借いたしました)

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