あえて良かった短篇トップ3を挙げるとすると、「メヌード」「象」「ブラックバード・パイ」。
それぞれについて書いてみます。今回はネタバレもあまり気にせずに。

「メヌード」
近所の奥さんと浮気をし、家庭崩壊の危機にある男の話。彼はとにかく眠れず、いろんなことを思い出す。記憶の断片がただひたすらつづられている。ネガティヴがネガティヴを呼ぶ。
最後の方、熊手をもって枯れ葉の掃除にとりかかるあたりから何かしら空気が澄んでくる。何も語らず、黙々と枯れ葉を掃除する。隣の家のもやる。隣の夫婦はそれに対して感謝の意を伝えるが主人公は何も言わない。彼らと自分のちがいを冷静に客観視する主人公に静謐を感じる。「枯れ葉」というのがまたいい。この短篇、とても気に入りました。(ちなみに訳者の感想や切り口<解題より>とは全く異なるものだった)※メヌードとはメキシコの臓物料理

「象」
騙される?父。抱えすぎ…。カフカの「城」ないしはカズオ・イシグロの「充たされざる者」を彷彿とさせる奇妙さ。家族(離れて暮らす娘、別れた妻など)から金銭をせがまれるのだが「これで4人になる、弟はまだレギュラーメンバーじゃない」や「まだ信用があるらしく銀行は貸してくれた(弟から二度目の無心。1000ドル)」みたいなところはユーモアたっぷりに感じられる。カーヴァーにしては珍しく、明るくポジティヴなエンディングを迎えている。気持ちのいい朝だった…、や、ツキももうすぐ変わる…など。
僕(誠心)はこのところ「より、持たないでいられるならもっとまっすぐにいろんなものを見ることができるのだろうな」と思っているところで、何かしらこの短篇に本質のようなものをみた。
苦難に次ぐ苦難をふきとばしていくストーリーがとてもよかった。

「ブラックバード・パイ」
訳者(村上春樹さん)の小説に似ているかも…。主人公の部屋の扉の下の隙間から、妻(らしき?)から手紙がさしこまれるが、どうみても筆跡が妻のものではない…(最後までこの謎は明かされず)。主人公は記憶力がすばらしく、ことあるごとに歴史のディテイルを持ち出す。これまた極端な例を持ち出すと、マーク・ストランドの大好きな短篇「大統領の辞任」を彷彿とさせる。こんなもんが彷彿してしまうともう読み進めるうちに思考がおふざけモードにスイッチされてしまう…(笑)。このレヴューを書いていても…。手紙の読み方を変える(=クロノロジカルの排除)によって妻からの攻撃力を弱める…などなど。だめだ(笑)
というようなことを書いてしまったのだけど、中盤~後半でいろいろと切実になってくる。ラストは訳者でも難解なほど(そのため解題がとても長い)。
これはカーヴァーの最後から2作目の短篇小説で、自分の存在意義を問うような切実な作品。

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【書籍紹介(出版社Webより)】
作家としてのピークにあって病に倒れたカーヴァー。壮絶さと、淡々とした風情が胸を打つ最後の短篇「使い走り」ほか、秀作全七篇を収めた最晩年の短篇集。ライブラリー版のために改訳。

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