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きいろは未来のいろ


2023.10.21 土
 東京で四日間の仕事をして昨夜帰る。最終日は顔ぜんたいにじんましんがでた。味噌汁と米をたべ、よもぎ湯につかり、頭皮マッサージのブラシがとどいていたのですこしやってみる。
 人は、だれかやなにかのふりをすることはできても、じぶんのふりをすることだけできない。じぶんには、このじぶんが成り切るしかない。つかれているとき、過去のうれしくないことを思いだしたり、意味もなくどうしてだろうと考えたりする。それでも、わたしはわたしにみえている世界のなかで愛をみつけたい。
 朝、洗濯機を三回まわし、掃除機をかけ、洗面所をそうじする。玄関を掃き、植物に水をやり、葉っぱにほこりが溜まっていたのをふきとり、ふとんを干す。季節はずれのミニトマトが束になって五、六粒、なっている。まだ青い。


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2023.10.22 日
 天高く、すこしつめたい風の心地いい、秋らしい日。大磯でうつわの日という街歩きをやっているので、Yと行ってみる。まだまだしらない小さなお店がいくつもあり、個性ゆたかな作家さんのうつわを販売している。青野明子さんは、お名前に入っているように墨絵のような青をつかったうつわを作っていて、どれも幽玄で、すてきだった。はっきりした青より、うっすらとした青、黒にはなれなかった青みたいな色にひかれる。

 ふたりともお腹がぐーぐー鳴り、昼をたべようも、漁港の食堂もタイ料理もお寺のキッチンカーも行列なので、平塚にもどっておそばやさんに行くも、臨時休業。いちど行ったことのある、可愛い雰囲気のベトナム料理のお店におちつく。若いベトナムのお姉さんがやっていて、駅からははなれたところにあるけれど、とても繁盛している。メニュー表や看板の、ちょっとななめにそろったおどるような手書き文字が、その人のほがらかな性格をあらわしているようで今日もすてきだなあと思っていると、セットの生春巻きがはこばれてくる。ここの生春巻きは甘い味噌だれでだしていて、おいしい。パクチーのサラダと、お肉を抜いてもらったフォーをぺろんとたいらげる。

 大磯へもどり、藤沢のinakujira さんがだしているドラゴンフルーツ入りの豆花をたべたり、茶屋町カフェで忍野で作陶している作家さんと話したり、旧島崎藤村邸でのインスタレーションをみたりしたあと、野菜を買ってパートナーは帰宅、わたしは伊東の治療院へ。
 予約の時間まですこしあったので、日没間近の海へいく。大きな帆をはった船が二隻、沖で鳥のようにじっとしていた。初島が、ぐんとこちらへ近づいたような気がした。鎌倉が、うっすらと夕焼けのむこうにみえる。いつも、あそこからこちらをぼんやり見ている。いつもみているせかいのむこうがわへ行って、そこからこちらがわを眺めてみるということは、たまにわすれたくないと思う。


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2023.10.23 月
 いちにち鼻がむずむず。ぶた草かしら。


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2023.10.24 火
 あちこちで、セイタカアワダチソウとススキが交互に顔をだして、わさわさ咲いている。大磯でもそうだった。朝Yが機嫌がよくて、あたらしい朝がきたを歌いながらごみ出しへ行った。ひさしぶりに海へいくと、漁船がすぐそこまできていた。富士山はあたまだけ白い。ちょうど登校時間で、近くの高校のカップルが三組、ほかの生徒の群れとはぐれるように歩いていた。あるカップルは、地下通路のそばでじゃれあっていて、あるカップルは正門から入らず、裏門まで海沿いをぐるりとまわり、つないでいた手をほどき、名残惜しそうに校舎へと入っていった。
 午後はしごとを切りあげて、眼科の定期検診と鍼灸院。お向かいのTさんに高枝バサミのお礼に玄米茶を買う。


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 2023.10.25 水 霜降
 朝いちばんに窓をあけると、柿の木のてっぺんで食事中の黒と白の鳥たちがいっせいに飛びたっていった。うちの柿は、あたりではあたまひとつ背が高くて、よく目立つ。そして、あまくておいしい実をつけている。だから、鳥たちはいつもそばの電線にとまって、人のいないときをねらっている。
 さんぽにでると、排水溝からちいさなピンクの花が、地上のようすをうかがうように顔をだしていた。森へはいると、あちこちでかさこそ、かさこそ、ときこえてくる。ひとのいない道でちいさなへびが、まっしろなお腹をみせて死んでいた。あのお腹よりも白いものを、ずっとみていない、と思った。
 しごとをしながら、昼にたべるうずら豆を煮る。紫花豆、ひよこ豆、白花豆、レンズ豆、いろいろと豆のほしいのがあったが、お値段と色ともようをみて、すこしでも食卓がたのしくなりそうなうずらをえらんだ。


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2023.10.26 木 
 あまりにたくさんの鳥がいっせいに鳴いて、目が覚めた。鳥のことばが、わかったような気がした。のこっている柿をとらなくちゃと思い、五つほど切り落とした。高枝ばさみをいちばん長くしてずっと上をみあげていると、首がすぐにいたくなった。青柚子はまだはじけそうな青だけれど、その青のむこうにうっすらと、きいろい肌をのぞかせているのがみえる。隣の椿は、どんぐりみたいにぶっくりとした、みずみずしい蕾。
 森をあるくと、ちいさなボールが坂をころがるようにしてまるい鳥が斜面をかけていくのがおもしろい。すばやいので、一瞬は何者なのかわからない。枯葉がやわらかい風に吹かれて地面をかさこそ移動するのが、水がたぽたぽ流れている音にきこえる。


2023.10.27 金
 とてもひさしぶりに前髪を切った。横ものびてきておかっぱになっているので、市松人形みたい。浅草橋のカフェタローで、Yの高校の同級生でカナダに長く暮らしているふっちゃんとその家族と会った。八年ぶりに日本に帰国したというふっちゃんは、今日まで定期的に会ってきたような、気づいたらさりげなくいつもそばにいたような、はじめて会った気のしない人だった。小さな子どもたちが、時差ぼけの抜けないなか、目をきらきらさせてさわいでいて、かわいかった。カフェタローのオーナー佐藤さんも、たまたまいらしていて、お会いできてうれしい。

 別れて、丸の内に今日オープンしたプリスティンで腹巻きパンツを新調し、吉祥寺に移動して、冬の靴をみた。ほしいものがなく、買わずにだいぶすり減ってしまったソールを直して、使うかもしれない。行ってみたかったグルテンフリー料理のお店、where is a dog?に入って、きのこのピザ、フムスのサンドイッチで早めの夕飯にする。ヴィーガンも、そうでないものもあり、チキンがおいしかったとYもよろこんでいた。

 日もとっぷり暮れて、吉祥寺のどこまでもまっすぐにのびる住宅街の道を駐車場にむかって歩いていると、家々のすきまから明るい月がずっとあとをつけてくるみたいで、月といっしょにならんで歩いているみたいだなあと思っていたら、その通りの名前が月見小路だった。この道になまえをつけただれかと、ほんのすこし会話をした気分。



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2023.10.28 土
 しあわせな夢をみた。その人は、あのときのままなのか、今の姿なのか、どっちともわからない姿で広い校庭のなかにいる。わたしは、通りをちいさなスーツケースを引きながら、みどり色のネットのむこうでサッカーボールを足で触りながら歩いていくその人をみつける。その人はこちらを向いて、二、三秒まじめな顔でわたしをみつめたあと、ほほ笑む。わたしも、つられてほほ笑む。わたしはスーツケースを、その人はボールをころがしながら、ネットのむこう側とこちら側で顔をみあわせたまま、ゆっくり前にすすむ。あらゆる時間を凝縮してつめこんだような、永遠のような一瞬のあと、校庭の端までくると、その人は立ち止まり、わたしは立ち止まらずに首だけをうしろに向けながら、いつまでもその人のわらう顔といちどだけ大きく挙げた手をみて、歩きつづけていく。

 昨年の12月に仕込んだ味噌、ひさしぶりにようすをみてみると、お花畑のような芳醇なかおりがして、もうたべごろだとわかった。初めて仕込んだお味噌だからとてもうれしい。
 朝から家のことや、いろいろをしていたらあっというまにお昼になった。図書館へ本を返し、リサイクルショップで必要じゃなくなったいくつかのものを売り、履きつぶしてかかとがなくなったショートブーツを修理に出した。Yはオムライスとナポリタンのセット、サラダ、串カツをテイクアウトして、私は玉こんにゃくの煮たのとおむすびをふたつ買って、広場でたべた。







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