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貪りや執着にはフマキラー

1960年代に『帰って来たヨッパライ』でヒットを飛ばしたフォーククルセダーズの『イムジン河』が新CDとなり発売されるそうです。
フォークルをリアルタイムで知っているのは65歳以上、私は残念ながらその後の世代です。

『イムジン河』は、朝鮮半島を流れる河で戦争により南北に分断されてしまった国を象徴する河となっており、フォークルの『イムジン河』は発売前日に放送禁止となったそうです。当時は、戦後20年が経とうとしていたでしょうか。詳しく調べていませんが。
学生運動もあり、社会全体が色々とピリピリしていた頃です。

初めて聞いたとき、私は歌詞の中にある「だれが祖国をふたつにわけてしまったの」という詞が悲しくてたまりませんでした。
そしてあらためて今、この歌詞に別の意味で複雑な想いを抱いています。

世界でもトップクラスの豊かさを誇っていた日本が、気づけば30年も経済は低迷し、格差も差別も拡大している。
「昔と違う」、この感触は、時間が流れたというのとは違いました。
社会が停滞すると人の心が荒廃し、進むぞ!という意気込みが失われ、人々は汚濁の中へ埋没していきました。
何が起きているのだろうか。
人と人の間に大きな河のようなものが姿を現し始めた。
そして無味乾燥なセレブという言葉がどこからともなく湧いてきて、益々格差広がる河をゆらゆらと流れている。
ほらよく見れば、木の葉が沈み、石が浮いている。
こんな社会に暮らしているんだもの、善が消えて悪ばかり。

すべての世代の中に流れは始めた大きな河は、分断と分裂、貧困と絶望を産みながら複雑な支流を形成し始めている。
だれが祖国をふたつにわけてしまったのか、日本はさらに分けられてしまい、その張本人はこの世には無い。残したものは汚泥だけ。
悪臭きつい汚泥なのに、
それに貪りしがみつく者たちには金と権力に見えるようです。
蠢いているウジ虫のようだ・・・
フマキラーでも吹きかけて退治したいものです。

フォークルの新CD買おう。
物価高で大変だけど。






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