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【書評】『うしろめたさの人類学』 松村圭一郎(著)

移住先の湯沢にはスターバックスがない。

仙台に住んでいた頃は、近所のスターバックスに朝早くから通ったものだったが、今となってはそんな習慣も少し懐かしく思える。

仙台と周辺のスターバックスには、本屋と隣接している所が何店舗がある。昨晩、所用で仙台を訪れて隙間時間潰しに立ち寄ったのがそのタイプの店舗であったが、「隣接している本屋の本を一冊に限り、席に持ってきて自由に読んでいい」というサービスがあるということを知った。僕は妙に嬉しくなり(バリスタさんの接客も大変良かったので)、一時間強あれば読めそうなボリュームの本を、哲学書のカテゴリーから探した。

その時に選んだのが、平積みになっていた『うしろめたさの人類学』という本だ。

日本とエチオピア

本書は「構築人類学」という馴染みのない学問について平易な言葉で書かれており、200ページ弱且つ文字もやや大きめということで、ともすれば「お手軽」とも思えるような印象を与えるかもしれないが、読後の爽快感・肚落ち感はそういった印象からは程遠い。

静かではあるが、筆者の確固たる意志と熱量を感じる力強い本だ。

本書は、日本とアフリカの最貧国エチオピアを行き来する過程で感じる違和感を切り口に、人間の営みや社会、市場、国家といった概念について思考を進めて行く。その過程で、僕らが日常生活の中で感じてる「何か変だ」という感覚の正体が明らかになっていく。

松村氏によれば、日本とエチオピアの決定的な違いは、「交換」と「贈与」の比率の差にあるという。

「交換」は市場経済に基づく金銭を伴うやり取り、「贈与」は経済活動を意識しないインフォーマルなやり取り(僕は「おせっかい」という言葉が割とあってると思う)と言えば良いだろうか。交換は効率的で機能的であり、贈与は非効率的で情緒的である。交換をベースにした関係性は役割と線引きが明確で後腐れはないが、贈与をベースにした関係性は、「誰かに良いことをしてもらったら何かお返しをしなくてはいけない」という「うしろめたさ」を生じさせる。そして、僕らはその「うしろめたさ」を大抵面倒くさいものと感じる。

バレンタインデーにチョコをもらったらお返しをしなくてはいけない、というあの面倒くささだ。※僕がバレンタインデーにチョコをもらうことは殆どないということはことについては目を瞑っていただきたい。

僕らは、この「うしろめたさ」を非効率的でイレギュラーなものとして排除する傾向にあるが、エチオピア人の人間関係はウェットな「うしろめたさ≒面倒くささ」に溢れているという。近隣の人間関係、物乞いとのやり取り、時に役人との人間関係も全てがうしろめたくて面倒くさいのだ。

だが、筆者はこの「うしろめたさ」こそが、僕らが日々感じている社会や国家、市場に横たわるどうしようもない断絶・格差にゆるやかな繋がりと公平さをもたらす、と主張する。

強固な制度に意識的にスキマをつくる

東日本大震災の時に多くの人が感じた、「被災者が苦しんでいるのに、自分だけが暖かい家で食べ物にありつけているのは申し訳ない」「被災地の人のために何かができないか」という感覚は、「うしろめたさ」の非常にわかりやすい例だ。

その「うしろめたさ」が人々の行動を変え、その行動が被災者と非被災者の間にあった断絶を埋め、関係性に公平をもたらす鍵になっていたことを、僕らは経験的に掴んでいる。

現代の日本人の生活はどこか機械的で、制度が固定的で、非人間的で、僕らはそこに言いようのない息苦しさや生き辛さを覚えている。何とも感じない人もいるかもしれないが、少なくとも僕はそう感じる。それは日本が「うしろめたさ」を生じさせる「贈与」より、効率的で経済的な「交換」を過剰に重んじる社会だからだ。

そんな息苦しい社会に一石を投じるのは、効率的で経済的な「交換」の人間関係に、意識的におせっかいを加えていくことだ。筆者の主張に僕は心から同意する。

例えば。
コンビニで買い物する時、店員さんに全力のスマイルでありがとうを言う。僕の家の周りの雪寄せを嫌がらずにやってくれる隣のお母さん達に少し気の利いたお土産を買っていく。半同居人の某A氏の、プライベートや触れられたくない過去にづけづけと踏み込んでいく(これはかなりの高等なテクニックだけど)……そんな、越えていいラインのか越えてはいけないラインかわからないギリギリのおせっかいを仕掛け、時にしかけられる、そんな人間関係を身の回りから広げていきたい、僕はそう思っている。

田舎には、おせっかいで面倒くさい人間を楽しみ、無意識のうちに作ってしまっている変な境界線を新たに引き直す余地がまだ残っている。そして、社会の行き詰りを突破するカギはそこにあるはずだと思う。

そんなことを考えながら、僕は、本を閉じ席を立った。本を戻し、小さなおせっかいをかけてくれたバリスタさんに小さく会釈をして店を出る僕の足取りは軽かった。

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