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【ヒトコワ】生まれ変わってもラーメン屋でいてね

よく一人で食べにくる女子中学生に言われた。この年頃の子が来るのは珍しいから顔を覚えている。別に興味はない。――たぶん。

「生まれ変わってもラーメン屋でいてね」
「? ……あ、ありがとう」
カウンターにそっと600円を置いて、目も合わさず会釈してその子は帰っていった。ジャンパーも羽織らずに来るから近くに住んでいるのだろう。

生まれ変わっても――。そんなこと考えたこともなかった。
最近、厨房に違和感がある。一人で切り盛りしている店ゆえ何かと散らかっているのだが、
最近はあちこちが整理整頓されている気がするのだ。
いやいや。7年目も続けたラーメン屋稼業。気づかぬうちにそういうことのできる店主になったのかもしれない。
継ぎ足しの豚骨スープもイイ感じに淀んできている。トロトロしたまろやかな食感は師匠の味を超えた気すらする。

あの子がまた食べに来た。
ふと思い出す。数年前まで、髭のサラリーマンと小学生の小さな女の子が店にちょくちょく来ていた。
あのときの、その子だ。
「ごちそうさまです。生まれ変わってもラーメン屋続けてくださいね」
また、そう言って帰っていった。
髭のサラリーマンはお父さんだったんだろうか。今は何かがあって一緒に住んでいないのだろうか。

翌朝。スープの大鍋を混ぜていると、ごろついている豚骨を見つけた。すっかり煮込まれて骨であることしか分からないけれど、
溶け切っていないはずはない、はずだ。

今日も女子中学生が店に来てスープまで平らげる。細身の体に似つかない食欲。食べ盛り。
でも、ラーメンばっかり食べてて大丈夫かな。成長期に。ラーメン屋らしからぬ心配をしている自分は、
生まれ変わってもラーメン屋になることはないだろう。

女子中学生の父親は自殺したらしいことを競馬帰りの常連が話してくれた。
自殺だったせいか、残った身内があの子だったせいか、葬式は挙げなかったらしい。

翌日もスープ一滴も残さずラーメンを食べている。
ガタガタ、ゴー、ゴー。
地震が来た。東京にしてはかなり大きい。
俺は床に伏せた。「あ!」
大なべが崩れ落ちて、床一面にばら撒かれた。すごい悪臭だ。ラーメン屋らしからぬことを思ってしまった。
女子中学生はなべをじっと見ていた。

形の残った骨がかすかに残る揺れとともに震えている。ブタの骨じゃない。
「ごちそうさまでした」
彼女はカウンターに600円を置いて帰っていった。


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