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シュールが想像力を加速させる翼になっているところが面白い…★劇評★【舞台=ウィルス会議~人間ども篇(2021)】

 演劇には物事の本質を見せてくれる力と、目をそむけたくなる現実であってもそれを物語のかたちにして笑いや涙に昇華させる力がある。この新型コロナウイルスのパンデミックという状況から日本の劇作家たちは何を感じ取っているのだろう、何を産み出してくれるのだろう。それを観るのを最も楽しみにしていたうちの1人、劇作家・演出家の宇吹萌(うすい・めい)はど真ん中を突いてきた。ブラックでシュールな世界観を貫いてきた彼女が選んだのは、ウィルスと人間(ヒト)たちの生存競争だ。そうだ、ウィルスだって生きもの。これは生きものと生きものの闘いでもあるのだ。不思議なことにその闘いやウィルス同士の思惑たっぷりの駆け引きがシリアスであればあるほどコミカルに映り、擬人化されたウィルスがそうであるように人間もまたコミカルに映る。ここではシュールは超現実を創り出す道具ではなく、想像力を加速させる翼になっているところも面白い。(写真は舞台「ウィルス会議~人間ども篇」の一場面。撮影はKazuaki Katori)
 舞台「ウィルス会議~人間ども篇」は2021年9月30日~10月3日に東京・東池袋のアトリエファンファーレ東池袋で上演された。公演はすべて終了しています。

 なお、「virus」は日本語で表記する場合、「ウイルス」と「ウィルス」の2通りの表記が可能ですが、この劇評では原則として「ウィルス」を用いています。作者の宇吹さんも舞台のタイトルを「ウィルス」で表記しています。ただ、新型コロナウイルスについては国や地方自治体の文書で「ウイルス」としているため、例外的に「ウイルス」と表記しています。両表記が併存しますが、ご了承ください。

阪清和のエンタメ批評&応援ブログ「SEVEN HEARTS」でも読めます。舞台写真は「SEVEN HEARTS」では複数枚掲載しています。
★「SEVEN HEARTS」の舞台「ウィルス会議~人間ども篇」劇評ページ

★ブログは序文のみ無料で読めます。劇評の続きを含む劇評の全体像はこのサイト「note」で有料公開しています。作品の魅力や前提となる設定の説明、俳優陣の演技に対する批評や宇吹萌さんの戯曲や演出・舞台表現に対する評価などが掲載されています。

【注】劇評など一部のコンテンツの全体像を無料でお読みいただけるサービスは2018年4月7日をもって終了いたしました。「有料化お知らせ記事」をお読みいただき、ご理解を賜れば幸いです。

 ただし、今回は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)の中で頑張っている小劇場演劇の担い手と観客の方々に敬意を表して、掲載開始から3カ月間は無料で全文公開します。2022年1月4日以降は有料(100円)で公開します。有料化の際はお知らせなしで切り替える可能性がありますのでお気を付けください。

 宇吹は、慶応大学を卒業後、大学院文学研究科国文学専攻に進み、日本演劇界の巨人である唐十郎を徹底研究。2002年から文化庁の新進芸術家在外派遣制度演劇分野2年派遣員としてニューヨークに2年間留学し、現地で自作を翻訳・上演しデビューした。
 帰国後、「Rising Tiptoe(ライジング・ティップトー)」と名付けた演劇企画体を立ち上げた。基本的には毎公演ごとに役者を集めるプロデュース型の公演を続けている。
 シュールな会話、現実とほんの少しだけ違う不思議な舞台設定、ファンタジックなストーリーテリング。作・演出だけでなく宇吹が手掛ける舞台装置や舞台美術、衣裳、音響デザインの魅力とも相まって、妖しく、それでいて人々の生活感覚に近い親しみやすい人物造形が多くのファンを惹きつけてきた。
 2013年には「THE BICH」で第3回宇野重吉演劇賞優秀賞を受賞。2018年には「おしゃべり」で第15回杉並演劇祭優秀賞を受賞した。2020年にはオペラ「咲く~もう一度、生まれ変わるために」が文化庁委託事業「日本のオペラ作品をつくる~オペラ創作人材育成事業」の選出作となるなど活躍の場を広げている。

 そんな宇吹の最新作となるのが今回の舞台「ウィルス会議~人間ども篇」だ。主宰するRising Tiptoe」では昨年、新型コロナウイルスのパンデミックによって本公演が打てず、宇吹はそうとう悔しい思いをしたに違いない。
 その悔しさを力に変えて、豪速球をねじ込んできた感がある。
 今年3月には今回の舞台「ウィルス会議~人間ども篇」の原型となった1日限りの舞台「ウィルス会議~序章」を実験的に上演しており、その際にはウィルスだけが登場していたのが、今回は人間たちのエピソードも挟み込まれ、より私たちの地平に近いところで起きている出来事のように感じられるものになっている。

 物語の舞台となるのは、地球の中の、とある場所。毎年開かれているウィルスたちの会議が2020年も大みそかに開かれていた。
 しかし今回はこれまでと様子が違う。2020年の新型コロナウイルスの流行はウィルス界にとっても近年にない重大な出来事だ。
 この日集まったのは、新型コロナウイルスをはじめ、インフルエンザウィルス、ノロウィルス、風邪ウィルスの面々。このポピュラーなウィルスたちで、ウィルス界の次の1年を話し合おうというわけだ。
 新型コロナウイルスは余裕綽々だが、他のウィルスにとっては自分たちが感染する人体が明らかに足りず、仲間を増殖させることができずに衰退していくウィルスもいる始末。
 なんとか「人体分配を…」と頼み込むものの、新型コロナウイルスは「それはウィルス界の御法度」だと取り合わない。
 新型コロナウイルスは「ぽっと出の」ウィルスなのだが、やけに上から目線で、皮肉っぽい言葉を投げかけてくる。猛威を振るっている「実績」があるからだろうか。
 しかし、例えばインフルエンザの感染は例年の600分の1にまで減っており、これはもう生き残りのためにはぎりぎりの数字である。消毒液がいたるところに行き渡っていることも影響しているだろうが、やはり新型コロナウイルスがそれだけ強力な感染力を持っているということの表れだろう。
 ウィルスたちの会議は、何の解決のための糸口も見つけられないまま、無駄に時が過ぎようとしていた。

 会議の合間には、人間界のあれこれがモニターに映し出され、ウィルスたちは「やれやれ」という気持ちでそれを眺めている。
 どれも他愛のない話なのだが、人間たちもあれらこれやと小さなことに悩んでいる。
 ほぼ交互に繰り返されながら、人間たちの矛盾に満ちた営みと、踊りに踊るウィルスたちの会議がクロスしていく。

大きなオブジェは今回は見当たらないが、素材を厳選したであろう舞台美術がきらびやか。話し合われている内容や会議の空虚さと不釣り合いなはずなのに、妙に上品なその美術群が物語を格調高く引き立てる。

 劇作家としての宇吹の見事なところは、徐々にそれぞれのウィルスたちに「個性」がにじみ出すところだ。
 それぞれの人間性、いやウィルス性は、病気のキャラクターイメージだけでなく、せりふの醸し出す雰囲気の違いでもある。
 人生ならぬ「ウィルス生」なる言葉も登場させ、言葉遊びも徹底している。

 宇吹の狙いは、単に「コロナ禍なんて笑い飛ばしてしまえばいい」という思いつきのようなものではないだろう。われわれ人間は、生きものを相手に闘っているんだという切迫感から出発し、その闘いの中にさまざまな個性が混乱状態で散りばめられていることを具現化したら、このような光景になるのだろう。

 もちろん、ウィルスとヒトが共存していくためには「共生」するしかないのだが、それがいかにお行儀のよすぎる言葉であるかがこの作品を観ていると分かる。
 そして宇吹は、クライマックスへと向かうドラマの高まりの中で、ウィルスたちの宿命的な悲哀も描き出す。

 オーディションで選ばれた俳優陣は今回も多士済々。
 藍アキラ、綾垣静、石井寿美(座・シトラス)、長田健一、徳島千恵、早川みゆき。この6人は<抗菌>、<除菌>の両バージョンに出演。大浦孝明、小田切沙織、星野クニは<抗菌>バージョンに、岡庭菜穂、中島多朗、野田愛佳(三木プロダクション)は<除菌>バージョンに出演した。

 両バージョンに展開した役者の中では、新型コロナウイルスを担った藍アキラが会議の意義が理解しがたい様子で参加している新型コロナウイルスの所在なさをうまく描き出しているし、妙にアートを感じさせる新参者の胡散くささも醸し出していて秀逸だった。
 また石井寿美には人をとらえて離さない役者としての磁場のようなものがあり、早川みゆきも舞台映えする凛としたものを感じさせて、惹き付けた。
 長田健一はキャラクター付けにいちいち説得力があり安心して観られる。綾垣静と徳島千恵も芝居が安定していて、面白い存在だった。

 <抗菌>バージョンの出演者で目に付いたのは宇吹作品によく出演している星野クニ。シュールな設定を地に足の着いた空間へと変えてしまう独特の雰囲気を持っており、常態では常に注目を浴びてきたインフルエンザウィルスのコロナ禍での苦悩を表現しきっていた。
 藍と星野の芸達者ぶりに負けず劣らず個性を爆発させ、世界観の構築に貢献した大浦孝明と小田切沙織にも拍手を贈りたい。

 なお、取材機会の関係で<除菌>バージョンは取材できていないが、出演した岡庭菜穂、中島多朗、野田愛佳の良い評判が私のところにもきこえてきていることを申し添えておきたい。

 おそらくこの作品は、コロナ禍が終息した後に観ると、また違った味わいが出てくるように思う。再演なのか、新たな拡大版なのかは分からないが、数年後にも観てみたい作品である。

 舞台「ウィルス会議~人間ども篇」は2021年9月30日~10月3日に東京・東池袋のアトリエファンファーレ東池袋で上演された。公演はすべて終了しています。

 上演時間は、約1時間(休憩なし)。


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