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「決心」自分自身を応援する

長く生きているけれど、いくつかの場面だけ鮮明に思い出される。
カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞し、
「記憶」について語るのを何かの番組で見た。
「記憶とはなんだろう」というテーマだった。
本当に、不思議なものだ。
すっかり忘れてしまっているものが、あるときふっと現れる。
それは古いものではなくて、いま・ここによみがえる。

なつかしい友だちに会うと、
忘れてしまった自分自身との出会いを感じることがある。
「あのとき、あんた○○って言ったんだよ」
「そんなのおぼえてない(笑)」

そして、忘れていた事柄が映像で浮かび上がり、
なつかしい人の面影やふるまいや
声や匂いやあたたかさまで呼び起こしてくれる。

昔話をするのはよくないと思っていたけれど、
最近はまた違う考え方をするようになった。
昔の自分は「他人」なのだ。
私は昔の自分をまるで他人のように思い出す。
私はいつも同じ人ではないのだ。
そして、いつも同じである必要もないのだ。

「自分に正直に生きる」
そのときの自分自身に正直になれたらそれでいいと思う。
自分がどうしたいのかわからないときもある。
よく、どうしたらいいかと人に聞く人がいるけれど、
私はそれがわからない。
自分に自信がないからだという人もいる。
なんの自信だろう。
決心する→決める 自分で決められない(自信がない?)
それは自信がないんじゃなくて逃げているだけなんじゃないのかなあ。

それは「成功する」ことしか予想しないからじゃないの?
失敗するかもしれない、それでもいい、
そう思うことができないだけなんじゃないの?
「怖い」というのは、逃げなんじゃないか。
決める/決心というのは、
自分で自分を鼓舞する/応援するということなんじゃないか。
だから、私は工藤直子さんの「けっしん」が好きなのだ。

けっしん
 つよく おおしく いきる!
 それが ぼくの けっしんです
 でも ときどき
 むねの やわらかいところが
 なきたくなるのね
 なんでかなあ

工藤直子「のはらうた けっしん」

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