オナラことわざ辞典

【オナワザ】#20 石田ゆり子とみうらじゅん

最初に白状いたしますと、私は美魔女に目がありません
中学校の頃から真矢みきさん、天海祐希さん、井川遥さん、水野美紀さんなど、美しい30’〜40’が好きで、最近は竹内結子さん、椎名林檎さんにゾッコンでございます。


そんな私は先日、石田ゆり子さんのフォト&エッセイ「Lily -日々のカケラ-」を拝読いたしました。


私にとって、『石田ゆり子』という人物は、もはや「神」として崇め奉る存在です
今更こうしてご紹介させていただくことすら、神への冒涜であり、赦されざる罪と思っています。

例えるならば、アマゾンの奥地に住む部族が神として崇める大木に、ハチミツを塗りたくって効率的な昆虫採集をするぐらい罰当たりな行為です。
嬉々としてカブトムシを捕まえていると、背後には無数の怒れる原住民。持ってきたハチミツで美味しく、こんがりトーストされること間違いなしでしょう。


ですが、私のつたない文章であっても石田ゆり子さんの美しさ、魅力を伝えなければ今日の話は始まりません。

おお、女神よ。
好き勝手に「美魔女」として、いや「美魔神」としてここに書き記すことをお赦しください。


では、石田ゆり子さんの魅力を「ルックス」「キャラクター」の2つに要素分解して見ていきます。

1.ルックス(外見)

まずは何と言ってもその美貌です。
こちらは写真とシャニカマの余計な一言でお楽しみください。


顔のラインから表情まで完璧な一枚。
カメラマンさん、よくぞこの世界から最高の瞬間を切り取った。


あどけない表情から放たれる愛くるしい言葉に卒倒してしまいそうな一枚。
この表情でお願いされたら保険金詐欺と分かっていても死ねます。


神々しいとさえ思う、完璧なコーヒーの渡し方を捉えた一枚。
後ろの光は太陽でも証明でもない、後光です。


自然と完全に融合し、健やかさの境地に達している一枚。
道の芝生は彼女が歩くために生え、通り過ぎる頃には枯れてしまうだろう。


2.キャラクター(性格)

「Lily -日々のカケラ-」の中には、石田ゆり子さんの「生活」がかなり具体的に描かれています。
その中で語られる彼女の哲学は、彼女の性格そのものと言えるでしょう。

一部ご紹介させていただきます。

石田ゆり子さんは犬を1匹、猫を3匹飼われています。しかし、彼女にとって彼らはペットではなく、家族であり、言葉を持たぬが故にもっと深い部分で通じ合っているのだとか。ちょっと神秘的ですよね。


また、意外にも石田ゆり子さんの部屋にはたくさんの「モノ」が溢れています。ロケ先では必ず食器を買ってしまい、海外の市場ではその国の幼稚園で使われていた小さなイスを買ったり、はたまた一見ガラクタにも見えてしまう「Y」の字型のオブジェを拾ってきたり。ご自身でも「ミニマリストには絶対になれない」と仰られています。


そして個人的にグッときたのが「役と個人」についての考え方でした。石田ゆり子さんは30年近くも女優として活躍されており、数々の役柄を全うされています。しかし、そうすることで「石田百合子」という個人がないがしろになっているのでは?と思うこともあるそうで。
ですが、彼女の中では「こういう日々こそがわたし」と言い切っておられます。『本当の自分』というものを追い求めてしまいがちですが、そういったことも超越されているのかもしれません。でも悩んでいることを打ち明けてくれるところも素敵ですよね。


以上が本当に簡単な石田ゆり子さんのご紹介です。


ここでふと気づくことがありませんか?
石田ゆり子さんが、誰かに似ていると思いませんか?



私はこの人に思えて仕方がありません。



みうらじゅん


どこからどう見ても、石田ゆり子さんは「女:みうらじゅん」であり、みうらじゅんさんは「男:石田ゆり子」だと思うのです。

さっぱり共感を得られていないと思うので、1つずつ見ていきましょう。
共通点は以下の5つです。

1.ヘアスタイル
2.プロポーションを維持
3.独自の感性と収集癖
4.アイデンティティの考え方
5.スピリチュアル

1.ヘアスタイル

石田ゆり子さんも、みうらじゅんさんも肩までのボブです。


2.プロポーションを維持

石田ゆり子さんはプロポーションを維持するため、体の内側から美しくするために「ピラティス」を続けておられます。
また、みうらじゅんさんは最近になって親友のいとうせいこうさんと「SIXPAD」にハマっておられるそうです。以前トークショーで「世の中のあらゆるものをピクピクさせたい」と、新幹線の座席にSIXPADを貼った写真を映し出していました。

お二人とも、理想のプロポーションを維持するために日々努力することを怠らないんですね。


3.独自の感性と収集癖

何と言ってもこの「収集」に関する部分がいちばんの驚きですよね。

石田ゆり子さんは前述の通りかなりたくさんのものを収集しては、自宅に飾っておられます。それも美しい陶器から拾ってきたオブジェまで多種多様なラインナップです。
一方のみうらじゅんさんも「仏像」に始まり「カスハガ」「いやげもの」「ゴムヘビ」など、こちらも多種多様なものを収集されています。

お二人とも、一風変わった感性で収集されているので、部屋にはお二人それぞれの色が出ています。


4.アイデンティティの考え方

お二人は「私とは何か?」というアイデンティティに関する哲学について、全く同じ考え方を持っておられます。

石田ゆり子さんは前述の通り「役に魂を捧げていると自分じゃなくなっていく気がする。でもそういう日々がわたしらしい」と考えておられます。
また、みうらじゅんさんも『自分なくし』という概念を提唱されており、エゴなど「これが自分だ!」という意識は無くしていった方がいいと仰られています。最近では自分の権威が濃くなっていくこと(通称:権威コスギ)を恐れて、威厳をなくす振る舞いなどを積極的にされています。世間から「みうらじゅん先生」とおだてられてエゴが強くなることを恐れているのかもしれません。


5.スピリチュアル

最後の1つは「スピリチュアル」としましたが、ここで意味したかったのは「目に見えない事柄を信じる姿勢がある」ということです。

石田ゆり子さんは動物たちとのふれあいを通じて「言葉がないからこそ、深い部分で通じ合える」と仰っています。
一方のみうらじゅんさんもよく「神様」の話をされます。例えばほぼ日で「お金」についてインタビューを受けた際に、デフレの理由は「神様に使いもしないのに貯めてることを叱られている」と言っておられました。意味はわたしに聞かないで下さい。

とにかく、目に見えないことを想像して考える「イマジン」のスタンスがお二人には強くあるということでしょう。


まとめ

以上のことをまとめるとこのような感じです。


さて、長々と説明させていただきましたが、上記5点をもって「石田ゆり子=みうらじゅん」であると結論づけさせていただきます。(敢えて「≒」ではなく「=」です)
一見似ても似つかないお二人ですが奥深くでは通じ合っている、そんな感覚を覚えます。

異なるのは職業と性別ぐらいでしょうか。
一時期みうらじゅんさんは女装家でしたから、当時はほぼ重なっていたのかもしれません。


というわけで本日のことわざはこちらです。

石田ゆり子とみうらじゅん

【意味】
一見全く異なるが本質的には同じというもののたとえ。

【例文】
君は福山雅治が好きなんだってね。僕と付き合おうよ。
石田ゆり子とみうらじゅんと言うように、僕はほとんど福山雅治なんだ。

サポートされたお金は恵まれない無職の肥やしとなり、胃に吸収され、腸に吸収され、贅肉となり、いつか天命を受けたかのようにダイエットされて無くなります。