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緑のスイッチ(ショートショート)

私には運がない。
あの星から逃げ出しておいて何を、
と思われるかもしれないが
とにかく私には運がない。

有名な話だが、あの星、つまり私の母星では
皆が厳重な管理の下に暮らしている。
統治者への不平不満など漏らそうものなら
即刻逮捕され、然るべき場所での過重労働と
再教育が待っている。

そんな星で私は警察官の職に就いていた。

しかし、体制側である筈の私にも
厳しい目は向けられていた。
上司から常に行動を見張られ、
少しでも不審な言動があれば疑われた。

圧政を敷かれている者たちからも、
私は疎まれ憎まれた。
監視と憎悪の目に晒され、私の心は蝕まれた。
不眠に悩まされてよく睡眠薬を服用した。

そんな生活に耐えかねて、
私は星から脱出することを決めた。
しかし、宇宙船による星への出入りも
当然のことながら厳重に管理されており、
限られた上層の者や一部の富裕層にのみ
航行の許可が下りた。
私には、宇宙船を手に入れる術は無かった。

だが、吉報が届く。

星と星の間を行き来する
要人の警護命令が私に下ったのだ。


私は歓喜した。


これであの星から脱出できる。

宇宙船にさえ乗ってしまえば
あとはどうとでもなる。
警護対象の要人などは
その場で殺してしまえばいい。

あの星で私腹を肥やした富裕層などは
殺したところで良心の呵責など微塵も
感じないのだから。

心配があるとすれば宇宙船の操縦だが、
ほぼ自動運転で航行するので大丈夫だろう。
あの星の科学技術に不本意ながら
感謝の気持ちが湧いた。

そして、その日はやって来た。
要人とともに宇宙船に乗り込み、
頃合いを見て要人を殺した。

あまりにも簡単だった。

ちなみに方法は睡眠薬を使った。
過剰摂取による死、というやつだ。
宇宙船の運転についても問題なかった。
予想通り自動運転で目的地まで行ける。
順調だ。

しかし、ここで問題が発生した。
軍用の宇宙船が追いかけてきたのだ。

どうやら私が殺した要人には
生体反応をモニターする装置がひそかに
体内へ埋め込まれていたようだ。

一介の警察官の私には知りようもない事実である。

私が軍用宇宙船からの警告を無視し続けた結果、
撃墜命令が下ったようだ。
軍用宇宙船の攻撃が始まり、私は宇宙船を
自動運転からマニュアル運転に切り替えた。

しかし、素人の操縦ではあっという間に
撃墜されるのは明らかだ。
何か手はないか、と思っていたら
操作パネル内の緑色のスイッチが目に留まった。

緊急避難用のスイッチだった。

押すとどうなるかは見当もつかないが、
迷っている時間はなかった。
ここで撃墜されるよりは幾分マシ。
そう思って私は緑のスイッチを押した。

私の乗る宇宙船は一瞬で亜空間へ飛んだ。
ワープ、というやつだ。
私は追っ手の軍用宇宙船を振りきったことに安堵した。

宇宙船はしばらくすると
亜空間から再び宇宙へ戻った。

宇宙の静寂が船を包む。

そして、眼前に広がる景色に私は声を失った。

母星がそこにあったのだ。

私には運がない。

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