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竜巻の住む家(ショートショート)

竜巻の住んでいる町がある。
竜巻さん、という名前の住民がいるわけではない。あの自然現象の竜巻だ。
竜巻といえば巨大なものを想像しがちだが、その町の竜巻は家の中に存在しているらしい。
そういうわけで『町に住んでいる』のだ。

旅行者の私は、偶然その町を訪れた。
町の入り口付近にいた住民に竜巻の具体的な大きさを訪ねると「身長200cmのバスケ選手の両肩に、身長205cmのバレーボール選手が立っているくらいの大きさだ」と答えてくれた。

…4mほど、と言えば済む話だろうに。

と思ったが、わざわざ目くじらを立てることもあるまいと私は自身の心を諫め、その竜巻が住む家へ向かうことにした。

しばらく歩くと交番があったので、家までの道を聞こうと交番の中へ入ってみたが誰もいなかった。
他を当たろうと出ようとしたら丁度、警官が戻ってきた。
パトロールに行っていたそうだがこの警官、少し妙な出で立ちをしていた。
警官の制服を着てはいるのだが、服の袖が無い。ノースリーブ状態なのだ。
上着だけでなく、中にきているシャツも袖がない。上着もシャツも袖を引きちぎったようにほつれている。
聞けば、警官自らの手で袖を引きちぎったそうだ。

「この季節ですからねぇ。本当はスラックスも短くしたいんですよ。ワッハッハッ」

…今、真冬だぞ。

という言葉が喉元まで出そうになったが、家までの道を聞ければよかったので一切の感情を消した表情で相づちをうっておいた。
警官から家までの道を聞き、歩き出したところで私の側に一台のタクシーが停まり、ドライバーが声を掛けてきた。

「お客さん、もしかして竜巻の住む家を探してる?」
「ああ、そうだが」
「こっからだと結構距離あるよ。遠いよ?」
「そうらしいね」
「うん。じゃ、まあ頑張って」

…終わり?

何で私の前に停まったんだ、と思ったが私は昔からタクシーのドライバーとはよく喧嘩になるのでここは黙ってタクシーが走り去るのを見送った。
今日は変わった人によく会う。

交番から30分ほど歩くと竜巻の住む家が見えてきた。
ふいに通りにある屋台から私を呼び止める声がした。

「そこの人、ひとつどうです?」

屋台から出汁の良い香りが漂ってくる。
屋台の看板には『うどん』と書かれていた。
私は丁度お腹が空いていたので、この屋台で食事をとることにした。

「いらっしゃい。やっぱり来たねお客さん」

やっぱりの意味がわからなかったが、私は気にせず注文をした。

「じゃあ、一杯もらおうかな」
「はい、お待ちどう!」

えっ、早っ。
というか出てきたのはうどんではなかった。

「何です?これ」
「お客さん、これ知らないの?はんだごてだよ。はんだごてと基盤」
「んなもん見りゃわかるよ。この店、うどん屋だろ?」
「違うよ、うちは。うどん屋じゃない」

私は、変な店に立ち寄ってしまったなと思いながら続けて聞いた。

「じゃあ何屋なんだ?」
「そいつは言えない。娘に誓って言えないね。言っちまうと、娘との約束破ることになるから。こればっかりは言えないんだ悪ぃね」
「ふうん、そうなのか」
「まあ、娘がいればの話だけどね」

…おちょくってんのかコイツ。と、私はイラっとしたがグッとこらえて店主にはんだごてと基盤を返すことにした。

「とりあえず返すよ、これ」
「え、やっていきなよはんだごて。案外楽しいもんだよ、病みつきになっちまう人もいるくらいだから」
「そうなの?じゃあ、まあやってみるか」
「わたしゃその間うどん食ってるから」
「あるんじゃねえか、うどん」
「うどんはあるよ、ありすぎて困ってんの。もう毎日余っちゃってさぁ」
「だったら一杯出してくれよ」
「お客さん、そいつはできないねぇ。うちはうどん屋じゃないから」
「毎日余ってるんだろ」
「それとこれとは話が別で、ああちょっと待って。うどんができた」

…この店主は話にならん。今日この町であった奴の中で一番の変人だ。
閉口する私をよそに、店主が熱々のうどんをすすり出した。

「美味そうなうどんだな」
「でしょ。手打ちでコシもしっかりしてんですよ」
「へぇー」
「ただ、わたしゃうどん嫌いでねぇ」

私はその一言を聞いて、いい加減にしろとばかりに店主にはんだごてと基盤を投げつけ屋台をあとにした。
何なんだこの町は。可笑しな奴ばかりじゃないか。竜巻の住む家に行ってさっさと町を出よう。
そして、ほどなく竜巻の住む家に着いたが、ここでも私はイライラさせられて怒りで暴れそうになった。

どこまでも私を怒らせる連中だ。
思い出すだけで頭に血が上り怒り狂いそうになるので、
今日はもう竜巻の住む家の話はやめておく。

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