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マークの大冒険 百年戦争編 | オルレアン包囲戦


1429年、フランス王国オルレアン市____。


シノンで王太子シャルルと謁見を果たしたジャンヌ・ダルクは、甲冑と軍旗を与えられ、正式に軍に迎え入れられた。そして、ジャンヌはジル・ド・レ男爵が率いる部隊と共に籠城しているオルレアン市民の救援に向かう。1429年4月29日の夜、ジャンヌたちはオルレアンに入城し、市民から大歓待を受けた。この救援により、オルレアンに希望の灯がついた。それから間もなくしてのことだった。


オルレアン包囲戦
フランスの都市オルレアンで1428年10月12日〜1429年5月8日にかけて行われたフランスとイングランド間の戦闘。ジャンヌ・ダルクの最初の武功のひとつとして挙げられ、百年戦争の流れを変えた転換点となる重要な戦いでもあった。


「まずは、あそこから討とう」

ジャンヌは、トゥーレル砦を指差した。

「は?何言ってんだ?正気か」

ラ・イールは、明らかな苛立ちの表情を露わにした。

「私たちは、あそこから討たなければならない」

ジャンヌはそう言って、トゥーレル砦の方に近づいていった。

「おい、やめろ。どこに行くんだ!」

ラ・イールが止めようと声を掛けるも、ジャンヌは崩壊した橋の先端まで進んでいった。


トゥーレル砦
ロワール側以南に位置した砦。当初はオルレアンを守るフランスの砦だったが、この時は既にイングランド軍に占拠されていた。トゥーレル砦の南にはオーギュスタン砦、東側にはサン・ジャン・ル・ブラン砦、西側にはシャン・ド・サン・プラヴェ砦があり、フランス軍の動きはイングランド軍から厳重に監視されていた。イングランド軍は複数の砦を拠点に西側からオルレアンを取り囲むようにして、制圧することを目論んでいた。オルレアンで籠城する兵士数は、市民兵を含んでも約3,000〜4,000人と推定されている。しかも、ほぼ傭兵による構成で、フランス軍は戦闘力も士気も低い状態にあった。

崩壊した橋
ロワール川に掛かる橋で、オルレアンとトゥーレル砦を結んでいたが、イングランド軍の侵入を阻止するため、フランス側が意図的に破壊して落とした状態にあった。

ジャンヌがオルレアンに入城した際の戦況図
オルレアンはイングランド軍の砦に囲まれた絶体絶命の状況で、兵糧攻め状態にあった。砦は西側に集中しており、厳重に監視・守備されていた。だが、東側が手薄であり、フランス軍はオルレアンへの物資や兵士の移動が僅かながら行えた。ジャンヌたちも東側からオルレアンに近づき入城した。フランス勢力は砦に囲まれている状態だが、イングランド軍の兵士がその分、分散してしまっている。その点はイングランド側の弱みで、一応は各砦が相互支援が行えるよう連携が取れる体制にはしていた。とはいえ、砦の各個撃破を行えば、フランス側にも勝機はあった。実際の戦闘では東側にポツンと位置するサン・ルー砦を最初に攻略し、その後、サン・ジャン・ル・ブラン砦の攻略にフランス軍は向かう。サン・ジャン・ル・ブラン砦のイングランド軍は、フランス軍の唐突な登場に圧倒され、砦を放棄して西側に撤退した。ジャンヌたちは西に敗走するイングランド軍を追撃し、そのまま撃破。続いてオーガスティン砦に進撃し、大砲を使用してあっという間に攻略。そして、屈強な守りのトゥーレル砦に向かった。城壁に梯子を掛け、内部に侵入しようとするフランス軍。だが、ここでは苦戦し、戦闘中にジャンヌが肩付近に矢を受けて戦線離脱した。後ろがロワール川で逃げようがないイングランド軍は、必死に抵抗した。イングランドの猛反にフランス軍は一度後退し、昼食を取ることにした。だが、フランス軍の昼食中、休養していたジャンヌは軍旗が奪われたと勘違いし、トゥーレル砦に単騎で疾走。実際は、味方の他の兵が軍旗を持っていた。ジャンヌが一人で飛び出していったため、昼食中の兵士も彼女を追いかけ、再びトゥーレル砦に突撃。イングランド側からしてみれば、これは完全なる不意打ちだった。意図的ではなかったにせよ、イングランド軍が準備不足を狙われた形となった。また、矢を受けて死んだと噂されていたジャンヌの復活にイングランド軍は恐れ慄いた。結果、イングランド軍はフランス軍の勢いに圧倒されて敗北。トゥーレル砦まで攻略された。この事態を危惧したイングランド軍は、西側に複数展開している砦の兵士をオルレアン北西の平地に集結させ、野戦に持ち込もうとした。対するフランス軍も連勝による士気の高まりから、この野戦に受けて立つ。オルレアンからは一般市民の志願兵も加わり、フランスは勢いに乗ってイングランドの戦列に突撃。市民も合わさった大群で押し寄せるフランス勢力に驚いたイングランド軍は、戦わずしてそのまま撤退。オルレアンは、こうしてついに解放されたのだった。


「今ここで、早急に帰国することを勧める。そうでないと、あなた方は多くの血を流すことになる!」

ジャンヌは、対岸の砦にいるイングランド兵たちに声を張り上げて言った。

「お前の首を切り落としてやる!」

イングランド側からの返答だった。

「仕方ない。なら、攻撃する他ない。そこで待っていろ」

ジャンヌはそう言って、元の場所にに戻って来た。

「話にならねえな、あの姉ちゃんは。バカか。おい、マーク。お前が教育係だろう。何とか言ってやってくれよ」

ラ・イールは、呆れていた。

「ジャンヌ、戦争は喧嘩じゃない。人が死ぬんだよ。だからボクらは、無闇やたらに行動できない。死んだ兵士やその先に繋がる家族たちへの責任を、キミはどう取るつもりなんだ?取りようがないだろう。判断をひとつ誤るだけで、多くの味方を死に追いやることになる。みんなキミと同じように家族がいる。帰るべき場所がある。誰も死なずに家に帰ることが、ボクらの一番のミッションだ。それを忘れてはいけない」

「あなたたちは、なぜ神の声に従おうとしないのか。なぜ私の言うことを利いてくれない」

「当たり前だ。キミの行動は作戦じゃない。思いつきで行動したら、最悪な結末が待っているからだよ」

「思いつき?これは私の意志ではない。神からの命(めい)だ!」

ジャンヌは、物凄い剣幕でマークに反論した。

「あのヒステリック姉ちゃんは、何とかならんのか。全く王太子も、とんだ詐欺女に引っかかったもんだぜ」

ラ・イールは苛立ちを通り越し、話の通じないジャンヌに呆れ返っていた。

「ジャンヌ、焦る気持ちは分かるが、今は頭を冷やせ。今日は戻って準備を整えよう。今ここで無闇に突撃しても、イングランド軍の長弓で蜂の巣になるだけだ」

マークは、ジャンヌの説得を試みた。

長弓(ロングボウ)
イングランド軍は、長弓の扱いを得意とした。フランス軍は幾度も長弓の手に掛かり、多くの兵を失ってきた。これをタプリン戦術と言う。


「いや、一刻を争う。早くしないと。神は急げと言っている」

ジャンヌは引かない様子だった。


「そうは言っても、トゥーレル砦を陥落させるには一筋縄ではいかない。ロワール川を渡って迂回しながら近づく必要があるが、西にも東にもイングランドの砦があって、ボクらの動きは常に監視されている。トゥーレル砦は、守りも堅固だ。まずは比較的守りが甘い他の砦からシラミ潰しにして、物資の補給ルートを確保するのが先決。市内の人々は、飢えと貧困でパニック状態に陥っている。彼らを安心させないと、軍の士気も下がって総崩れになる」


ロワール川
フランス中部を流れる川。オルレアンの都市は、ロワール川に隣接する形で形成されていた。



「私の軍は、なぜ動かせない?そのためにここに来たのに。神は、イングランドを残らず駆逐せよと言っている」


「キミの軍じゃない。王太子と国民の軍だ。キミは王太子から軍を借りている立場に過ぎない。オルレアン市民からの歓待で勘違いしているのかもしれないが、兵士はキミでなく、みな王太子に忠誠を誓っている。それは命を賭ける見返りとしての報酬が王太子から支払われているからだ。キミからじゃない。王太子はボクらに給与を払うために、いろいろなところから資金を集めてきている。そして、その資金は、元を辿れば国民から来ている。キミの身勝手な指揮で、みんなの思いを踏みにじることになる。最小の被害で、最高の成果を得る。ボクらはそれを常に考えて行動しなくてはいけない。頼む、ジャンヌ。今はみんなの言うことを利いてくれ。今のキミは、ここにいるみんなからは、ただの小娘にしか映っていない。徐々に功績を残して、みんなを納得させていく他ない。ボクはシノンで王太子からキミの面倒を見るように頼まれた。王太子はキミを一度は認めたが、まだ懐疑的に思っている部分もある。側近たちに至っては、誰もキミを信用していない」

エキュドール金貨
シャルル7世の治世(1422〜1461年)に発行されたエキュドール金貨。ヴァロワ王家の盾紋章と百合十字紋章が描かれている。軍への報酬の他、様々な支払い、イングランド側からの身代金の要求の際に使用された。

シノン
フランス中部の都市で、王太子シャルルの拠点。王太子に忠誠を誓う民たちがおり、王太子はここに身を潜めて隠居生活のような日々を送っていた。母イザボーに前王シャルル6世の実子ではないと公表された王太子は、王位継承の夢を半ば諦めていた。イザボーはイングランドと通じており、イングランド王ヘンリー5世にフランス王を兼任させる考えを支持していた。



「愚かな人たちね」

ジャンヌは、悲しげな顔をしていた。

「分かってほしいが、ボクはキミの味方だ。キミをできるだけ良い方向に持っていきたいと思っている。これから軍事会議がある。キミも参加して、まずは戦況を把握するんだ」



To Be Continued...


Shelk 🦋

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