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2023.8.5 江ノ島が嫌いになった。

父の還暦を家族でお祝いするために、江ノ島に行くことになった。横浜に住んでいたときは自転車ですら行けるようなところだったのに、東京からだとちょっとした小旅行になってしまう。

旅の途中、電車内でおじさん同士の肩がぶつかって、ちょっとした揉め事になっていた。ぶつかった相手は謝りながら電車を降りたが、ぶつかれられた方はあとをつけて怒鳴り散らしていた。俺は笑いをこらえるのに必死だったが、乗客の誰もが腫れ物に触れないように見ないふりをしていた状況でその一部として自分が埋もれていたことが、今となっては恥ずかしい。次そのような機会があれば、二人の間に入って「じゃあ俺おりますよ!」と言って、スタスタと去り、皆の頭にはてなを思い浮かばせたい。

そのおじさんのせいで電車が遅れ、電車の乗り換え時間が短くなった。俺は藤沢駅に着くと人混みの中をかきわけながら急いで階段をかけ上り、1番線ホームに向かい、それから同じように急いで階段を降り、小田急江ノ島線片瀬江ノ島行きに乗り込んだ。ところが、なかなか出発せず。先ほど人混みのなかで追い抜いた女性二人組が電車に乗り込んでから、ドアが閉まった。俺はなぜ彼女たちの前で汗だくで息を切らせているのだろうか。

電車のドアの横には中年のおっさんが立っていた。身なりが綺麗で高そうな腕時計をしていたけど、顔が太っていて二重あごだった。こんな人がスペックではなく見た目でパソコンを選ぶんだろう。ハードをおざなりにする精神はどこで培ってきたんだろうか。

真っ白な服を着た白人の女性がいた。不安げな表情をしていたけど、片瀬江ノ島駅に着く直前には、小刻みに体を揺らしてワクワクしている様子だった。とてもかわいらしかった。

久しぶり、江ノ島。

ところが、感動する余裕がないくらい暑かった。夏はあらゆる喜びの感情が暑さでかき消されてしまう季節だ。

お金をおろすためにコンビニに入ったら、長蛇の列ができていた。人がたくさんいて狭いコンビニは、色んな形のブロックを型にはめ込むゲームみたいだった。

コンビニを出ると、湿気を含んだ潮風が肌をなめるように通り抜けた。久しぶりに海と対面したけれど、海に自分は相手にされてない感じがした。

江ノ島に向かう途中で後ろから肩を叩かれた。母親だった。一緒に歩いてお店に向かい、父親とも合流した。メニューを見ると丼1つに2000円以上もする。以前来た時は、なんてことのないラーメンに1300円くらい払うことになり観光料金に憤りを隠せなかったけど、今は不思議と受け入れられた。なにかを諦めてしまったのだと思う。

両親は最近のドラマの話で盛り上がり、俺は黙々とサーモン丼を食べた。食事が終わり、3人で駅まで歩いた。

2年前から江ノ島に行きたかった。今年は必ず行くと心に決めており、友達と行く約束をしていたけど、もう江ノ島はいいやと思った。友達に江ノ島の写真を送って、「海、果てしなかった」とメッセージを送った。

結局、俺にはこの父この母の2人しかいなかった。家族だけが俺の前からいなくならない存在だ。俺の前からいなくなっていった人たちは俺ではない人と一緒に楽しく生きているんだろう。両親がいなくなったら俺はどうなってしまうんだろう。

帰り道、母親が父親の話で笑っていた。この二人は人生における幸せを勝ち取っている。彼らは離婚している。それでも定期的に会っている。俺にはそんな人はいない。俺にはいつまでも会ってくれるような人はいない。できたとしても、どこかに行ってしまう気がする。

いなくなったものを別の人で埋めるのは好きじゃない。開いた穴は、穴を開けたものでしか埋められない。ふと横を見る。海が快晴の下、残酷なほど青く広がっていた。人生のようにどこまでも続いていると思った。将来への不安が募る。俺にもあの白人のように小刻みに体を揺らす日が来るのだろうか。しばらく江ノ島には行きたくない。


小さい頃からお金をもらうことが好きでした