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子供を育てやすい国の社会的コンセンサス

朝早くから出張に出かける時の東京メトロの地下鉄車内で、抱っこ紐で赤ちゃんを抱え、3歳くらいと5歳くらいの男の子二人を連れたお母さんが車内に乗り込んできた。

土曜日だし、通勤ラッシュの時間にはまだ早いから車内もすし詰め状態ではないから優先席に座っていた人がファミリーに席を譲り、抱っこ紐から赤ちゃんを解くのを近くのおばさまが手助けしたりして、微笑ましい雰囲気になっていた。

近頃東京では朝の通勤時の電車の混雑ぶりは本当に異常な状態に達していると思う。おそらく都心で働く人たちの人口は今ピークに達していると思うのだけど、車内での子供づれのお母さんや妊婦の方に対する心無い人の対応に関する残念な出来事がソーシャルネットワークで情報拡散されている。

エドワード・ホールという文化人類学者の「かくれた次元」という本には、最初の方の章で、生物学的考察としてある空間で個体数が増えすぎた状況のシカやネズミが、ストレスから自殺的行為や共食いといった異常な行動にかられる例を挙げている。ホールは空間が生物にとっていかに重要な意味をもつかということ、そして僕たち人間も動物であり、その動物的本能はきっと同じであることを指摘している。

田舎者のぼくは、満員電車はそもそも苦手だったのだけど、この本を読んでからは、朝の通勤ラッシュの車内のあの殺伐とした空気の原因がわかった気がして、身の危険も伴うあの環境は出来るだけ避けて行動するようになった。通勤ラッシュ時に子供と一緒に電車に乗ることについては安全面の問題もあってやはり様々な意見や賛否がある。

さて、5年くらい前にドイツを旅した時のこと。ぼくの大学院の一年後輩にあたるミンクス・典子さんのいるライプツィヒを訪ねた時にすごい経験をした。

当時取り組んでいた小倉魚町のリノベーション事例をライプツィヒの都市政策担当の方たちに紹介するために、彼女たちの運営する日本の家というNPOの拠点を訪れた。ライプツィヒは旧東ドイツの都市で、冷戦下と統一後でものすごい人口流出を経験して、都市再生のための政策を次々と打ち出して成功事例を積み重ねている都市だった。

事件はベルリンからライプツィヒに向かう電車の車内で起きた。たしかライプツィヒの駅まであと30キロくらいの田園地帯を走るローカル線に乗っていた。車内はそれほど混雑はしていなく、まばらに乗客が乗っていて、晩夏の柔らかな陽光が車内を包み込んでいる。音楽を聴きつつ本を読みながら二人ずつが向かい合う四人席を大荷物で占拠して電車にガタゴトと揺られていた。となりの四人席には僕より少し若そうな男性が座ってスマートフォンをいじっていた。

電車は小さなまちの駅のホームにゆっくりと滑り込んだ。電車が停まるか停まらないかのギリギリのところで後ろの車両から一人の制服をきた大柄の女性が車内に入ってきて、なにやらすごい剣幕で大きな声を出しながら僕たちに近づいてきた。ドイツ語らしい。なにを言っているかさっぱりわからなかったんだけど、とにかく「お前とお前は今すぐ席を立て。」というような意味合いのことを言っているっぽい。「え、やばい、逮捕されるかも」とか思って慌てて大荷物をかかえて席を開けると同時くらいにプラットフォームに止まった列車のドアが開いて、一組のファミリーが乗り込んできた。

お父さんとお母さんと子供が5人。一番上の子供が7、8歳くらい、一番下の子は赤ちゃんで抱っこ紐でお母さんに抱っこされている。ベビーカーには眠っている2歳くらいの子供。

なるほどなと思った。子連れの家族が乗ってくるから、お前とお前はそこの席を空けて立てと。女性の車掌さんが注意を促しにやってきたのだった。
ファミリーの加わった車両の中がより和やかムードになったのはうまでもない。子供たちの賑やかなおしゃべりと笑い声。

お父さんはなんとも頼りなげな線の細い感じなのだけど、お母さんはレザーパンツとTシャツ。金髪にものすごいかずのピアスをしていて、見たまんまのパンクロック少女である。

「そうかこの子はこんなに子沢山のお母さんなのか〜」と眺めていたら近くに座っていたおばあちゃんが僕に向かって「そこの日本人のあんた、ここ空いているから座りなさい」っていう感じで旅人にも優しい。

車掌さんが座席の差配をするなんて、やることが徹底しているし、随分日本と違うんだなぁと感心しきりだった。当時ライプツィヒ市は子供の数と人口が増える局面に転じていた。

僕も一度、生後数ヶ月の下の子と一緒に飛行機にのったとき空港と機内のスタッフがものすごく優しくしてくれた記憶があるのだけど、ドイツ・ライプツィヒ市の子供を産み育てることに対する市民レベルの取り組み、問題を解決するぞって社会的コンセンサスを得た後の、実行レベルに落しこんだい時の徹底ぶりに至るまで、やっぱりドイツ人って完璧主義だよなと思った出来事だった。

日本もできるかな。ドイツの列車の旅を思い出しながら、僕にできることってなんだろうって考えている。

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