映画を観て気づいた私の気持ち
今年の猛暑真っただ中の季節に「君たちはどう生きるか」を観た。
なぜ今ごろそれについて文章を書いているかというと、そのとき思った気持ちを記しておきたい!と熱い気持ちがあったのに、私がシンプルに怠慢だからだ。
寝かしておけばおくほど、思いが募ることもなく記憶は薄まってゆくのだが、今日が筆を執る最も早い日なのだから、めげずに記しておきたい。
一人バスに乗って15分ほどのところにある映画館に観に行った。そこで私は観終わったとき、鼻水だらだらで涙腺崩壊することとなる。
※ネタバレありとなりますので、今後観る予定の方はご注意ください。
小学生の眞人は、小さいときに母を火事で亡くしている。いろいろあって異世界に迷い込み、そこでヒミという快活な少女と出会い、一緒に帰る道を探していた。あるとき、ヒミは眞人の母親ヒサコであることを知る。
いよいよ自分たちの世界に戻るとき、目の前にはいくつもの扉があった。この扉から出れば、眞人の世界に戻れる。そして、あの扉から出れば、ヒミはヒサコの世界に戻れる。
ヒミ(子ども時代の母)と眞人は入ってきた世界が違うから、戻る扉も別々だ。しかも、眞人が戻った世界には、母はもうこの世にいないのだから、永遠のお別れだ。
扉を開けて出ようとするヒミに眞人がこう言った(うろ覚えだけど)。「行っちゃだめだ!火に焼かれて死んでしまうよ」
ヒミは言う。「でも私は眞人の母親になりたいもん。それに私、火って好きだ」
どんな運命が待ち受けていても、ヒミが元居た世界に戻る理由。それは、ただあなたの母親になりたいから。
私はこのシーンで鼻水が滴り落ちるほど泣いた。
そこで自分の気持ちに気づいた。漠然とは思っていたけど、私は、母親になりたいのだと。
自分の子供に一目でも会えるなら、それがたとえ早く死ぬ運命になるのだとしても、その選択をするのだろう。
映画を観た後は、この感情を落とさないように大事にしながら帰りたいと思い、1時間くらいかけて猛暑の中、歩いて家に帰ったのだった。
これと同じような感情になったことがある。それは「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」を観たときだ。
私はこの映画が大好きで、毎年観ており、どのシーンも心温まるのだが、特に感動したのは物語の最後の最後。
すずさんと周作さんが広島から孤児の女の子を連れて帰ってきた。その子に入る服を探す径子さんが、ぼそっと言う一言。
「晴美の服、入るかいね」
小さな愛らしい、娘の服を愛おしそうに、寂しそうに、でもこの服を着れる子が見つかったことをうれしそうに見つめる表情を見て、涙がぼおおおぉと溢れた。
今、私は親と子の物語にひたすら弱いようだ。
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