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不器用な土鍋


オラは土鍋。生まれはドンキホーテ、性別はガス火専用、うすい茶色に桜の柄が自慢だ。

生まれて初めて聞いた言葉は「寒くなってきたわね」

オラは土鍋のなかでも漢気があってな、ちょっとやそっとじゃ動じない。


オラの出番は冬だ。寒くなると急激に使われるようになる。ニンゲンは冬に鍋を食べたくなる動物らしい。

夏のあいだなんかはシーズンオフだ。キッチンの奥のほうに仕舞われ、のんびりと束の間のバカンスを過ごしている。


オラを引き取ったのは20代後半のマフラーがよく似合う優しそうな男性だった。

「今夜さ、何食べたい?」

誰かと電話をしながらオラを手に取る。なんだかニヤニヤしていて、不気味だ。


「ジャ〜ン」
帰宅するとオラを袋から取り出して女性に見せる。なるほど、同棲していたのか。

「わ〜!鍋じゃん!」
女性が嬉しそうにはしゃぐ。男はしてやったりな顔をして準備にとりかかる。

具材をテキトーに切り、野菜やら肉やらをオラのおなかに詰め込んでいく。入れ方は雑だけど、まあ良しとしよう。


キムチの素が注がれる。これがニンゲンの鍋ってやつなのか。噂には聞いてたけど、本番は初めてだ。

「初回はオーソドックスに鶏出汁とかで来るだろうから」と土鍋教習所では習ったはずだった。

まさか初めからキムチ鍋で来るとは。刺激が強いのなんの。やさしくしろよ。


フタを閉めてから20分が経過、だいぶ良い感じに煮立ってきたようだ。息が苦しいから早くフタを開けてくれ。

男がオラをテーブルに運ぶ。女性はまだかまだかと待機している。

フタをあける。ファ〜ッと息を吐く。はあ、苦しかった。ニンゲンはこれを湯気と呼ぶらしい。


「うわ〜美味しそう!」

女性がにんまりする。ふたりはフーフーしながらゆっくりと食べはじめる。

うまいうまいと連呼しているが当然だ。オラは土鍋のなかの土鍋だ。美味しくないハズがない。

第二陣の具材がおなかに投入され、こちらもペロリと完食。


ここで事件が起きた。

なんとうどんを入れようとしているのだ。待て待て。シメはごはんだろ? キムチ鍋のシメはごはん一択だって習ったぞ?

ごはんを卵とチーズて閉じて、最後にコショウを振って食べるんじゃないのか? 嘘だろ?

お構いなくうどんを突っ込むふたり。


「うどん美味しいね〜、土鍋のおかげだね!」
ふたりは幸せそうに笑う。

お、おう。まあな。ダテに土鍋やってねぇからな。美味しいならよかったわ!熱いからゆっくり食えよ。幸せになりやがれ。

コイツらは「ふたりで鍋をする時間」が美味しいんだろうな。うどん云々じゃなくて。

まあ、鍋って本来そうゆうもんだしな。



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文章:しみ

イラスト:じゅちゃん

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