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アンティークな時計


わしはアンティークな時計。生まれはイギリス、性別は木製、今年で30歳になる。

生まれて初めて聞いた言葉は「ウチにぴったりね」

修理に修理を重ねてもらってこの歳まで生きている。


わしのような時計は今ではほとんど世に出回ってない。

世間ではなにやらわしにちなんだ名曲があるらしく、あの曲をモチーフに作られたのかな? と言われるけどもまったく身に覚えがない。

100年休まずにチクタクチクタク…って、どんな体力してんねん鉄人すぎるやろ。


産まれたての赤ん坊だったわしを買ったのはある夫婦だった。ふたりとも30歳くらいだったと思う。

おしゃべりでいつもニコニコ笑ってる奥さんと、物静かでなにがあっても動じない旦那さん。

穏やかで、陽だまりのような夫婦だった。


わしは書斎に飾られた。

小説家だった旦那さんは、この部屋にこもって毎日文章を書いていて、スラスラ書ける日もあれば筆が進まずに頭を抱えていた日もあった。

わしはそれをチクタクと見守っていた。

穏やかな日々が過ぎていった。


あれよあれよと30年が経った。

ホコリまみれになったわしの身体はもうボロボロだったが、止まるたびに何度も何度も修理に出してくれてなんとか生命を維持していた。

ほんとうに大切にされていたと思う。

旦那さんはおじいさんに、奥さんはおばあさんになっていた。


本日も朝7時になるとおじいさんが起きてきて、書斎のイスにゆっくりと座る。丸フチの老眼鏡をかけ、お気に入りの筆を手にとり書き始める。

ここから11時までぶっ通しで仕事をしたあと、居間でおばあさんとお昼ごはんを食べるという、いつもと何ひとつ変わらない一日。

になる予定だった。


バタンッ

おじいさんが急に倒れた。苦しそうなうめき声をあげ、朝から一生懸命書いていた原稿はハラハラと床に落ちていった。

おばあさんが急いで駆けつける。名前を呼ぶが反応がない。

やがて救急車が来たが手遅れで、おじいさんは60歳という若さで亡くなった。


取り残されたおばあさんは来る日も来る日も泣いていた。わしはただ見守ることしかできなかった。

数日経ったある日、おばあさんが書斎でおじいさんの遺品を整理していたら一冊の本が出てきた。

「ふたりの時間」というタイトルだった。

おばあさんはゆっくりと本を開く。
「あの時計を買った日から、きみとの生活がはじまったね」そんな一文から始まった。


そこには一緒に出かけたこと、お昼ごはんをたべて笑ったこと、小さなことで喧嘩したこと、ふたりの生活の記録が、あますことなく書いてあった。

「まったくもう」
おばあさんは笑いながら泣いていた。

この日、わしは長生きすることを決めた。100年だって生きてやる。ふたりの生活の記憶が、いつまでも続くように。



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文章:しみ

イラスト:じゅちゃん

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