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なぜ 『フォーカシング』 邦訳版の表紙は"怪しげ"なのか?ー禅画デザインの謎ー

はじめに

僕が勝手に「フォーカシング七不思議」と呼んでいるものの1つに、「なぜ 邦訳『フォーカシング』の表紙はあんなにも"怪しげ"なのか?」というものがある。とかく、邦訳版だけが、妙に怪しげで、とてつもなくクールで、端的に言えば個人的には最高にかっこよく、たまらなく好きなのである。この場を借りて、その魅力について実際の書影をお見せしながら語らせてほしい。

原著の表紙デザインについて

そもそも、原著「フォーカシング」は、Gendlinが1978年に出版したオリジナル(Everest House版)から大幅に内容が改訂された普及版(Bantam Vooks版)、そして出版25周年記念版(Rider Books版)など、いくつかの出版形式を経ている。

最初に1978年版、ハードカバーの表紙はこんな感じ。写真は僕が中古で買ったものをスキャンしたのでちょっとボロくなっていますが。


「フォーカシング」1978年の原著オリジナル

シンプルな白い表紙。タイトルロゴの丸の重なる意匠を覚えていてほしい。面白いのは、表紙の下部にジェンドリンのセラピーの師匠にあたるロジャーズのメッセージ("独創的で革新的、刺激的な一冊")が寄せられているところ。日本でいうところの「帯」だろう。

これが1981年出版の普及版になると、ペーパーバックになり、かつ日本でいう新書サイズになる。価格も手頃で手に取りやすい本になった。Amazonの書影にもなっているその写真はこちら。

81年の改訂版(2nd ver.)。邦訳もこれが元になっている。

せせらぎの中の石の上にカエデ?の葉っぱが載っている。実はいくつかのヴァージョンがあるとも言われているが、どれもこの"せせらぎの中の石"という意匠のようだ。自然を感じられる、ヒーリング・ミュージックのジャケ写のようなモチーフの癒し系イメージ。以前、フォーカシングの国際会議に出た時に「フォーカシングというと、この写真のイメージ」とどなたかが言っていた覚えがある。

そして出版25周年を記念して、ジェンドリンの「新版まえがき」も載っているRider Books版の写真はこちら。

出版25周年版。フォーカスが合ってない。

フォーカシングの本らしく(?)、人のシルエットのフォーカスが合っていないというデザイン。フォーカシングという実践は、いわゆる「集中瞑想」のようにキリキリと内的作業と思われがちだけど、普段は気づかない漠然とした違和感のようなものに触れていくプロセスなので、これくらいピントがずれていて、まさにフォーカスしたくなるようなイメージの方が、雰囲気としてはこの書影の空気感がよく合う。全体的にブルーですっきりとした、シンプルな表紙になっている。

邦訳版の表紙は…

では1982年に出版された邦訳版の表紙をご覧いただこう。まずはAmazonにも出ているその書影から。

82年出版の邦訳。福村出版さん。

オリジナル版とはあまりに異なる意匠。まず、黒地に赤と白の文字。これだけでもかなり怪しげである。
僕の記憶を辿る限り、黒い背景に赤白のタイトル文字は、ドラマ『古畑任三郎』シリーズのそれか、ホラー映画しか思いつかない。かなり渋い、というか怪しいデザインなのである。これがもし何かの小説の表紙だとしたら、多分何らかの事件が起こるタイプのストーリーだろう。

そしてさらに気になるのは、表紙の下半分に浮かぶ赤い「円」である。まるで「禅画」のようなシンプルなデザイン。こちら、上の画像だとつぶれてしまっているが、実物は少し凝ったデザインになる。僕の私物の写真を見ていただくとわかるかもしれない。

 表紙のアップ。円はグラデーションになっている。

円には奥行きがあり、影付きの飾り文字で"FOCUSING"となっている。僕の持っているものが買って年月が過ぎているため色褪せているせいかもしれないが、円とタイトルの"フォーカシング"の文字の色味は、どちらかというとネオンカラーというか暗闇に浮かぶ蛍光色のレッド、という色合いである。それはまるで、スターウーズシリーズに登場するダークサイドのライトセーバー、近年だと『ローグ・ワン』の終盤に登場したあのダース・ベイダーのシーンに出てきた、暗闇に浮かび上がるあの怪しい赤味を連想する。

そしてよくよく見ると、邦訳版の円の意匠のグラデーションは、初版のEverest House版のロゴの"O"の色味がグラデーションを帯びて重なっているところに、似ていなくも、ない。この邦訳版は元々はこの初版を元に翻訳が開始され、訳し終えたところで改訂版が出て訳し直したという涙なしでは読めないエピソードがあとがきで書かれている。なので、デザインを決める際にはこの原著の初版を見てある程度決められていたのかしら、などと勝手に想像している。ちなみに、この装丁を誰がされたのは不明であり、なんとか知ることはできないかと思案している。

『夢フォーカシング』邦訳版はもっとやばい

実は福村出版さんからは、ジェンドリンの邦訳がもう1冊出ている。絶版になっていて再版を心より望んでいる、『夢とフォーカシング』という本である(原題は"Let your body interpret your dreams")。原著は1986年、訳書は1998年に出ているが、実は装丁の意匠は『フォーカシング』のカラーバリエーションである。
僕が昔、京都・下鴨神社でやっていた古本まつりで発掘したものの写真はこちら。

98年発売の『夢とフォーカシング』。僕のは抹茶っぽい色味。

背表紙は色褪せて白く焼けているものの、表紙は薄いグリーンというか、喩えるならほうじ茶と抹茶を足して2で割ったような色味である。下部の円のデザインがよりわかりやすい。

僕の手元になったものがこの色味なので、『夢とフォーカシング』の衣装はカラバリなのだろうな、と思ったら、この『夢と〜』には版違いか何かで異なるカラー版が存在するようである。お世話になっている関西大学の小室マイケル弘毅先生が持っているバージョンはこちら。

邦訳『夢とフォーカシング』の色違いバージョン。サイケ。

うってかわって、今度は白地にネオンカラーのブルーの意匠。しかも微妙に「夢と」などの部分は赤く、かなりサイケデリックな印象のデザインになっている。ますます、この装丁をどなたがされたのか気になる…。なかなかに怪しい。

『フォーカシング』は黒、『夢と〜』は白。邦訳には、原版の、特に普及版の持っているようなヒーリング系な雰囲気はなく、怪しげでサイケで、クールな感覚を呼び起こすと個人的には思っている。ちなみに、どういうわけか持っているドイツ語版の『フォーカシング』表紙はこちら。


独版フォーカシングの表紙。花をバックに瞑想する。

ドイツ語版の表紙では、花を背に瞑想している女性の写真という意匠。ヨガをされているような格好でもあるし、やはりヒーリング系の感じがある。
それに比べると邦訳版は、あまりにシックで渋いデザインだ。

赤と黒・禅画・洗練さ

本の装丁は、その本を開く前に、その本の内容と出会う際の手がかりになる。
僕は邦訳『フォーカシング』の赤と黒、円という力強い意匠に、フォーカシングの持っているラディカルさやシンプルさの魅力を重ねてしまう。正直言えば、洗練されたデザインとしてこうなっているのか、あまり手を加えていないからこんなデザインになったのか、そこはよくわからない。ぜひ一度、訳者のお一人の村山正治先生に伺いたい大いなる謎の1つである。そして僕にとっては、この洗練された妙な怪しさ自体も、フォーカシングの魅力の彩りに思える。
先ほども言ったが、この表紙の意表に禅画を連想する。何かの本を読んでいたときに、「禅には赤と黒の色がよく似合う」と書いていたのを覚えている(何の本か探したらわからなかった。たしか新書だったと思う)。
達磨さんももちろん赤色だけど、むしろ、洞窟の壁に向かって瞑想する達磨に教えを教えをこおうとして、慧可がその覚悟を示そうと、自分の腕を切り落とした際に暗がりに飛んだ鮮血の赤。禅のそういうラディカルさのイメージである。
そして「円」と言えば、禅画のモチーフとしての「円相図」。たとえば白隠禅師。単純明快だからこそ難解な禅画のモチーフとしての「一円相」に、フォーカシングという営みのもつ、簡潔さと奥深さを重ねてしまう。


白隠「一円相」(永青文庫蔵)。webサイトよりお借りしました。

禅画との連想から荒っぽく言えば、この怪しげな邦訳版『フォーカシング』の表紙は、これ以上ないほどに”邦訳(日本)っぽい”かもしれない。この本は17言語で訳されているようで、各地域での訳本の意匠を眺めながら、フォーカシングに伴うさまざまな”表象”を比較してみても面白そうだ。だとしてもおそらくは、邦訳版の魅惑は他のバージョンと並べても引けを取らないはずだ。

おわりに

おわりついでに余談も余談だが、この邦訳版の”黒地にネオン・カラー”意匠が自分のフォーカシングのイメージというか印象として強かったので、自身で個人のウェブサイト(focusing labo)を作った時に一緒に準備した「ロゴ」にも、オマージュとしてこの「怪しく光る円」の意匠を取り入れたのだった。他に使い道がないので、Twitterのアイコンとして使っているのもこれと同じもの。

個人のウェブサイトなどにこっそり使っているロゴ。お恥ずかしながら自作。

違うのは、同じネオンカラーでも「青信号の色」っぽくしたこと。あと、信号は青だけど、「車両侵入禁止」の道路標識を模して、”いったん止まれ、そして自分の身をもって進め”という意味を込めた、というのはもちろん後付けである。

結局、邦訳版表紙の怪しさは謎のままであるが、何せ僕はこの表紙にとても魅力を感じている。とてもフォーカシングっぽいと思っている。とはいえ、人それぞれ、フォーカシングのイメージや色合いがきっとあるはずだ。もしあなたがフォーカシングに親しむ人ならば、あなたの『フォーカシング』の表紙はどんな意匠だろうか?

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