「法」と「制度」から建築を考える─『新建築』2017年12月号月評


建築を規定する「法」と「制度」という言葉を使い分けて1年間考えていきます.


法(建築基準法や都市計画法など)+制度(依頼者や市民や地域社会が持つ規範のようなもの)=

ドゥルーズ(『哲学の教科書』,1953年)にならって,法という言葉を「行為の制限」と,制度という言葉を「行為の肯定的な規範」として使います.どちらも人間がつくり出すものですが,建築に置き変えると,法は建築基準法や都市計画法などであり,制度は依頼者や市民や地域社会が持つ規範のようなものでしょうか.このふたつの総和と組み合わせによって空間は規定されており,その場所にかかっている法と制度をできるだけ読み切り,所与の条件として空間をつくることが建築家の役割です.

設計された空間は,そこを使う人たちに対して,それ自体が法や制度として働きますので,よりよい方向に法や制度を変えていこう,新しい制度をそこに発生させようという提案的な装置を空間に組み込むことも建築家の大切な役割です.そして評者は,「多くの制度とごくわずかの法を持つ政体」(ドゥルーズはこれを「民主主義」と呼んでいます)へと法と制度の関係が遷移するべきと考えており,建築がどのような新しい制度を発生させるのかに興味があります.

法と制度は地理的に偏在します.法と制度の多寡で構図を描いてみると,

1:法も制度も多い場所

2:制度が多いが法が少ない場所

3:法が多いが制度が少ない場所

4:法も制度も少ない場所

の4つに分けることができます.この構図は今号の作品にも当てはめられます(下図).


「海」と「ひだ」

大都市都心の厳しい法に対峙したのは内藤廣と平田晃久の作品です.

ミキモト銀座本店は敷地にかかる厳しい法に加えて,ミキモトという老舗が発達させてきた制度,銀座が持つ固有の制度によって規定された空間が外部にむき出しにならないように,ファサード1枚で新しい制度を発生させようとした取り組みです.

「インスタ映え」のように外部の制度による消費のされやすさを狙う可能性もあったわけですが,内藤は個人的な体験と真珠の養殖・加工技術というミキモト内部の制度を結びつけ,「海」という平易な言葉で語られるファサードを出現させました.

海の景観は太陽光の反射と波の変化=自転と重力によってつくり出されるわけですが,ミキモトのファサードには重力による変化はなく,そこにあるのは海ではない新しい景観です.これがここを訪れる人の心にどのように働きかけ,そこにどのような制度が立ち現れてくるのか,これから起きることに興味があります.


Tree-ness Houseは,日本の建築家が伝統的に取り組んできた,都心部の高密住居の難問に取り組んだものです.

居住環境の確保,安全性,バリアフリー,日照,防災などに関わるあらゆる法がこの建物を規定しています.それに対して,内部の空間操作も行なわれていますが,何といっても建築を特徴付けているのは,パズルのピースのように取り付けられた「ひだ」です.

このひだによって法による空間の不自由さがどれほど新しい制度へと転化されるのか,まず外部とひだの関係を見ると,斜線制限によってつくり出される不格好な景観を緩和する役割は果たしているように思います.その一方で,内部とひだの関係を見ると,使う人たちの新しい習慣,新しい制度をひだがどのように誘発しそうか,については見当がつきませんでした.

植物は生息環境を求めて重力に抗って成長し,自転に合わせて自らの位置を微調整します.こうした仕組みを内在しない「ひだ」を使って居住者が生息環境をどう微調整していくのか,大変に面白いことが起きそうにも見えます.


マギーズセンターの10の建築要件

万人への一定の水準のサービス提供と,専門的な空間を必要とする拠点的な病院は,法にも制度にも強く規定されます.法も制度も内部完結的な無菌空間を指向するため,土地にもともとあった制度と断絶して建築はつくられます.

他の病院と毛色が異なるように見えるマギーズ東京においても,そこで提供されるのは,専門的な機器は使いませんが,拠点的な病院と同じく専門性の高いサービスです.それが東京の豊洲という,強い制度を持たない土地に期間を限定して現れたことと符合しているように思います.

しかし記事を読むと,病院の敷地につくられたり,地域包括ケアの仕組みの一部としても構想されているようで,そうなれば,医療の強い法と制度を補完する制度を発生させる建築へと展開する可能性が期待されます.

マギーズセンターの10の建築要件は平易です.各地のマギーズセンターが著名な建築賞を受賞しているという価値付けはむしろ不要で,建築家を含む普通の人たちが,普通に資金を集め,病院敷地の空いたところや,地域に余ってしまった空き家などを使って,10の建築要件を自由に解釈してつくっていく,ということになったら面白いと思いました.

マギーズセンターの10の建築要件

1.自然光が入って明るい/2.安全な(中)庭がある/3.空間はオープンである/4.執務室からすべてが見える5.オープンキッチンがある6.セラピー用の個室がある7.暖炉がある.水槽がある.8.ゆったりとしたトイレがある9.建築面積は,280㎡程度10.建築デザインは自由


建築は場所をどう鎮めているのか

今日的な問題は,人口減少に伴う法と制度の弱体化であり,弱体化したところにおける建築のあり方が問われます.

将来的に荒れてしまわないように,建築は場所をどう鎮めているのでしょうか.震災復興の中で,場所に残った制度を読み取り,かき集めたものが,矢吹町の一連の作品です.ある場所は酒造りの制度を(大木代吉本店),ある場所は歴史を(旧屋形医院),ある場所はコミュニティと赤提灯を使う(矢吹町第一区自治会館),といった具合に弱い制度に規定された小さな空間を繋ぎ,それが新しい制度を生み出すことを期待した建築です.

「絆」といった聞きなれない制度が去ったあとの,淡々とした日常の制度を前提とした空間であり,数年後に訪れて,空間がどう鎮まったのかを見てみたいと思いました.

場所を鎮めることにおいて,美術家の直観的な手つきで制度を発生させるという作業にはたくさんのヒントが隠されていると思います.

小田原文化財団江之浦測候所は美術と建築の中間にある作品ですが,奇をてらったものではなく,私たちの多くが共通的に美しいと感じる単純なもので組み合わされてできていることが分かります.この建物が「稼ぐ美術館」のような題目のもとで強い制度を発生させることを狙ったものなのかは分からないのですが,たとえこの場所から法や制度が消え切ったとしても,この空間は普遍的なものとしての構成を保ちつつ,自転と重力によって壊れていくのだろう,それは場所を美しく鎮めることかもしれない,と思いました.


ガンツウは評の対象としてはやっかいでした.いろいろな場所の法や制度と対置させようとしても,重力に抗わなくともよい船はその場所からするりと逃げ出してしまうからです.ミキモトのようでもあり,病院のようでもあり,測候所のようでもある,と言えるでしょうか.

写真を見ても尾道の町並みとは連続しているように見える一方で,音戸の瀬戸においては陸との不連続は明らかです.この船は,屋形船でも,クイーンエリザベスでもない,一見すると鉄筋コンクリートの柱梁構造のような無二の外観をまとっています.それが,既存の法や制度からどのように規定されたのか,逆にその規定からどのような脱走を試みているのか,造船技術からの規定だけでなく,風景や宿泊業との関係をもう少し見極めたいと思いました.



「月評」は前号の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者が批評するという『新建築』の名物企画です.「月評出張版」では本誌と少し記事の表現を変えたり,読者の意見も受け取ることでより多くの人に月評が届くことができれば良いなと考えております!


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