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中華の日々⑲ 東の男、香港で「ビッグマック指数」を思い知る

海外旅行をしたことがなかった。

住んだことはあり、そして今も深圳に住んでいるのだが、海外旅行というやつは未経験だった。だから、冬休みに香港へ行くことにした。

香港は近かった。福田駅から西九龍駅まで、高速鉄道でわずか14分だった。
しかしながら高速鉄道に乗るまでは、初体験ということもありなかなか大変だった。まず、席はもちろん時間も指定して予約しなければならなかったので、かなり早めに福田駅へ行く必要があった。香港で弾きたくなった時のためにアコースティック・ギターを背負って行ったのだが、それを背負ったまま福田駅のトイレで大きいのをしようとしたら、カギが甘かったらしく清掃レディーに見られるハメになった。ギターでケツ穴が隠れていたのが不幸中の幸いだったが、香港珍道中もクソも、出だしからして私らしいものになってしまった。

ともあれ香港は近かった。が、入国手続きの待ち時間がクソ長かった。「うわあ、外国人のゲートは長蛇の列だなあ」なんて余裕は30分しかもたず、その後は目が死んだ状態となり、結局2時間以上足止めをくらうことになった。

その後にも4泊5日の間にはもちろんいろいろなことがあったのだが——そんなことは行けば誰にでもあることだろうから、それよりこれから香港に行く人の役に立つであろう、貧乏性&貧乏人の私が思い知ったことを記しておく。

とりあえず香港の物価は高かった(2024年1月末時点)。それも、クソ高かった。体感的に深圳の2~2.5倍、東京の1.5~2倍という感じだった。最もつらかったのは、対価感が極めて低かったことだ。なんというか、「場末の品質で値段は銀座」という感じだった。そのせいで、満足感のかわりにいちいち怒りを覚えることになってしまった。

ところで、そもそも私は人間自体が場末ということもあり、場末自体はすごく落ち着くし好きだ。なんのものか得体の知れない感じの「もつ煮込み」など、本当に大好物だ。が、それが「一皿1500円」でビールの中瓶が「一本1000円」などと言われたら話が違ってくる…なんというか、東京時代に訪れた赤羽を思い出す。かつて場末だった飲み屋街が無駄に注目を浴び、「汚いが安い」から「汚くて高い」というクソそのものの場所になってしまったそこを訪れた私と友人は、ほぼ無言のまま赤羽駅に取って返し、そのまま安い飲み屋街へ移動したのだった。

赤羽のクソはそれで免れたわけだが、それをさらに極悪仕様にしたような香港ではどうしようもなかった。まったくもって私が貧乏性かつ実際に貧乏なのが悪いのだが、「祭りもクソもねえのにフェス価格かテメエこの野郎!」という怒りが常につきまとった。何の変哲もない、むしろ日本の品質からすれば対価感5割減のコンビニおにぎりが2個で500円した香港(しかも2個まとめ買いのお徳割引適用で)。いかにも地元民であふれた食堂は、雰囲気は最高に場末だったが飲茶の前座のごときワンタンのスープが1000円した。煙草が切れたので買おうと思ったら、マルボロがひと箱1600円。

一事が万事そんな具合で、3日目ともなると私はなにかのノイローゼのようになってしまっていた。そして気が付けば、ギターを背負ったまま「すっかり金持ちの食い物になってしまったなあ」と思っていたマクドナルドにふらふらと吸い寄せられていた。まさか1個500円のビッグマックを安いと思う日が来るとは思っていなかった。しかしその時の私は「え、ビッグマックが1個500円! 本当にそれでいいのか?」という状態になっていた。度重なる価格破壊の衝撃に、脳も完全に破壊されたのだろう。なお、ビッグマックを食べるのも人生で初めてだった私は、せっかくだからとビッグマックを2個とコーラのMをテイクアウトし、九龍公園のベンチで貪り食った。その時、香港に足を踏み入れて以来、初めて心の底からくつろいだ気持ちになれた。それで、食べた後にはワッショイワッショイとギターを弾いたのだった。

「ビッグマックの価格は「ビッグマック指数」とも呼ばれ、同じ材料を使って作っているため、各国の物価やモノを買う力の目安として役立つと言われている。」ということだ。香港で私はこの意味を本当に知ったといえる。いや、ブルース・リー的にいえばFeelだろうか。

私はその両方だが、ともかく貧乏性だったり貧乏だったりする人たちは、「ディズニーランドへ行く」などの明確な目的が無い限りは香港へは行かないほうがいいと思う。それより日本国内を旅行するほうが、というかその方が比較にもならないレベルで満足できると思う。私も日本旅行がいい。「日本最高!」的なTV番組などは虫唾が走るぐらいに嫌いだが、私は今回ばかりは本気で思った。

「そら、外人日本に来るわ。っていうか、行くわ。俺も行きたいわ」

ところで香港のスターフェリーはとても素敵だった。一度乗ってすっかり気に入り、深圳へ帰還する時にも乗った私だった。その時ばかりは、私は観光客らしかったと思う。


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