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映画「ノルウェイの森」は男女が共に人間であることを世間に公言した作品だと思う

原作は言わずと知れた村上春樹のベストセラー小説。
1987年に発売され、赤と緑の上下2巻からなるクリスマスのような色彩が印象的でした。私が読んだのは23歳の時、発売から2年ほど経ってからのこと。

当時、理系学部の学生だった私は、まさに恋愛に悩み、人生に悩み……
サラリと書かれたその内容に胸を打たれ、大きな衝撃を受けました。

何が凄かったって、当時はまだ女を性の対象としか見ない男性が圧倒的に多かったのに、村上春樹の小説に出てくる女性たちはみんな自分をしっかり持っていたことです。
(まるで、周りにいる女性の先輩たちみたい)

男にすがらない、流されない、どこか儚げでもちゃんと意思がある。
しかも大胆で、男性の前でも素のままで。

自由で物おじしないどころか、しなやかで自然体。
それまでの受け身な女性のイメージを思いっきりぶち壊してくれました。

女は知性のない存在ではなく、もっと堂々と性について語ってもいいんだ!

周りはほとんど男性しかいない環境。
「どんなに意見しても聞く気なんかないんだよ」
と苦々しい顔をする少数派の女性たち。

「俺たちが世の中を動かしてるんだ」
とばかりに虚勢を張っている男の先輩や同級生が、酔っては泣いたり笑ったり。
恋愛に傷付いては後輩に絡んで感情をぶちまける、その人間的な弱さを間近に見ていたので、男と女ではなく人間として語り合えたら「もしかして理解し合えるのかも?」と思っていました。

「恋をしてもなお人格を持って愛を語れる人間同士の関係になれる」
そういう期待を抱かせてくれたのが、村上春樹の「ノルウエェイの森」でした。

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その小説が映画化されたのは2010年、まさかの23年後。

その頃には時代も変わり、女性はどんどん強くなり。
夫に対してセックスレスを訴えたり、女性の方がしたいと言ってもいい、女性にだって性を楽しむ権利がある、という時代になっていました。
なのでさほど驚くような内容でもなく、あまり話題にもならなかった気がします。

ただ、この作品を映像化したのはトラン・アン・ユンというベトナム出身でパリ育ちの映画監督。
1993年の「青いパパイヤの香り」がデビュー作で私も見ましたが、性的なものを想像させながらも、淡く叙情的に描かれた初恋の物語です。

そんな監督が手がけたせいで、フォーカスするものが他の邦画とはちょっと違う、性描写も淡々としていて、詩的で美しい印象を受けました。

特に、主人公のワタナベを誘惑する女子大生の緑が瑞々しくて、その艶やかな瞳にハッとするほど。
まだ18歳の水原希子が、自由で奔放な小悪魔的な緑を爽やかに演じています。

こんな恋愛ができたら本当に幸せじゃんっ
そう思わせてくれる心の距離間が絶妙。

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そんな2010年に公開された映画ですが、この時私は44歳、すでに結婚して2人の子持ちになっていました。
ちょうど子育てにもひと段落ついて、再び自分の人生について考え始めていた頃で、そのせいか、この映画を見て大泣きしたまま涙が止まらず、傍には大量のティッシュの山。

昭和の暗い雰囲気、女は男に頼って生きるしかない弱い生き物という感覚、モクモクと煙るタバコ、何よりも20代とは思えない大人びた大学生。

私の大学時代もまさにこんな感じ。

上下関係も厳しかったし、先輩と後輩の繋がりも深くて。
浪人も多いので年齢も高く、悩みや辛さを何度先輩に聞いてもらったかわかりません。

しかも、卒業を控えた最終学年の時には、午前中は実習で立ちっぱなし、午後からはレポート、国家試験の勉強に就活、とにかく頭が爆発しそうでした。

つらくてストレスになるからと、同級生と一夜限りの関係を持つ子。
講師や助手と不倫している子。
後輩と寝ている現場に彼氏が乗り込んできて責められ、自殺未遂を図った子。
それでもみんな、泣き寝入りはしたくないからと「割り切って」いつでも別れられると強気でした。
体を許したからといって心まで許したわけじゃない、男の言いなりになんてならない、けれども寂しさとセックスが切っても切り離せなかったあの頃。

そんな派手な恋愛事情の傍で、私はずっと彼氏もなく家族と離れて独りきり、とにかく孤独に生きていました。


先の見えない不安、酷い過食になり、食べては吐くの摂食障害に苦しみ。
先輩や後輩、友達には恵まれましたが、恋愛とは無縁のまま、寂しさに泣きたいのをずっと我慢して。

頼りたかったですよ、誰かにぎゅっと抱きしめてもらいたかった。

好意を寄せていた先輩には告白してフラれ、気軽に話せた男子には「気があるふりをされてプライドを傷つけられた」と無視されて。

愛とは何、恋って何、男とは、女とは?
そんなことばかり考えて、村上春樹の描く小説の世界に憧れていました。

そんな学生時代の思い出がフィードバックしてきて、よく生きていたなあと涙が溢れて。

独り暮らしの寂しさをあれほど強烈に感じたことはありません。
20代って本当にある意味、感情に支配されるんですね。
生きる意味を考えながら哲学的な思考に囚われ、つい、現実から足を踏み外してしまいそうになる……

そんな心の揺れを描いた村上春樹の作品は、恋に全てをかけた世代にとっては憧れであり理想だと思います。



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