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書評:アーノルド・J・トインビー『現代が受けている挑戦』

歴史学における「文明史観」という流派とは如何なるものか?

今回ご紹介するのは、アーノルド・J・トインビー『現代が受けている挑戦』という著作。

9.11が起こった直後(2001年)、立花隆氏が「我々が今読まねばならない本は、ハンチントンの『文明の衝突』ではなく、トインビーの『現代が受けている挑戦』である」と言ったそうだ。

アーノルド・J・トインビーは20世紀の文明史観の大家とされる人物である。

しかし、文明史観というのははっきり言って日本ではマイナーな歴史学の流派ではないだろうか。

現代の歴史学のメインストリームは、科学的アプローチと因果律に根を置くものだ。対して文明史観は、人類史の大局を読まんとすることを目的としていると言える。

私の個人的な理解となるが、通常の歴史学の射程は有史以後、せいぜい1万年といったところだろう。それ以前は「先史」と呼ばれ、むしろ考古学の研究領域に近い分類がなされる。またその未来予想に置いても、近未来、だいたい200年先が限度だと思われる。

それに対し、文明史観の射程は、90万年の人類史であり、そこから生まれる未来予想図は遥か1万年先というイメージなのだ。

射程も方法論も見解も全然違う。歴史学と文明史観は全く別の学問だと思ってよいのかもしれない。

さて、本著について。

人類には分裂傾向と結合傾向の両方が共に見られるとした上で、長らく(90万年前から5000年前まで)前面に君臨した分裂傾向に対し、結合傾向が確認されるのは最近のこと(5000年前以後)であると主張する。

そして今後の人類結合に期待を寄せつつ、その条件を論じることが本著のテーマとなっている。

人類の政治的結合、即ち世界政府は果たして可能か。

トインビーは安易にその結論を急ぐのではなく、人類存続のためにそれは「要請される」とした。

具体的な危機、すなわち「現代が受けている挑戦」とは、核兵器の破壊性と食糧問題だとトインビーは言う。

分裂が即ち人類の破滅を意味する時代に突入したという認識の上での、トインビーの見解であることが本著からわかるだろう。

しかし本著のスタンスは、世界政府の可能性を立証するものではなく、そこを目指すという目的論的な立場からその可能性を吟味するというものとなっている。

私個人としては、政治的結合は外部、他者の存在を条件とすると考えている。極端な言い方をすれば、世界政府は宇宙人が現れないと実現しないだろうという意見だ。

更に、人類がこれまでの歴史において発明してきた諸概念と制度(特に私の念頭にあるのは「人権」概念と「行政」プロセス)は、主権国家という単位を前提としたものであり、世界的な政治的統合を目指すに当たっては、これら諸概念と制度を一から再構築しなければならないだろうと考えている。

しかしそれは、そこを目指すことの意義や価値を些かも否定するものではない。数学でいう漸近線のようなもの、永遠に到達することはないかもしれないが、近づき続けることはできる、そういうものだと理解することは可能だと思っている。

だから、本著のような議論も充分に有益だと言って何ら差し支えないものと思われる。

読了難易度:★★☆☆☆
文明史観新鮮度:★★★★☆
世界政府の可能性論ではなく要請論度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★☆☆

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