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書評:童門冬二『小説 上杉鷹山』

徳を以て治むるとは?

今回ご紹介するのは、童門冬二『小説 上杉鷹山』という伝記小説。

上杉鷹山は江戸中期に財政破綻の危機に瀕した米沢藩の再建を成した偉大な藩主として知られる人物。
明治期に内村鑑三が『代表的日本人』の中で、偉大な日本人の1人として取り上げ功績を讃えた人物でもある。

*内村鑑三『代表的日本人』は過去投稿にて紹介済。
*かつてジョン・F・ケネディは、日本人記者を相手にした記者会見で「尊敬する日本人はいるか?」との質問に鷹山の名を挙げたという。

私にとって本作は、大学受験の試験を終え合格発表を待つ緊張した時期に読んだ思い出の書でもある。
最近色々と思うところがあり、25年以上振りに本作を手に取った次第だ。

本作や上杉鷹山の偉業を「経営指南」と仰ぐ向きもあるのだが、本作の舞台はあくまで「政(まつりごと)」である。
完全な身分制社会の時代にあって革命的なものの考え方をした鷹山であったが、その本質は「徳を以て政を治むる」という点にあるのではないかと思われる。

では「徳」とは何か?

本作によればそれは、「人を慈しみ、人を愛すること。そして人を信じること」ことに他ならない。

本作ではその多くの場面で鷹山の聖人っぷりが描かれていくのであるが、鷹山の魅力はそうした部分だけでは決してない。
徳士ならではの苦悩、即ち鷹山の悩み・苦しみ・もがきが後半では殊に生々しく描かれている。
特に終章間近の「伝国の辞」の章において鷹山が「私は何が成したかったのか?人を不幸にしただけではないのか?」と自責の念に駆られるシーンは圧巻だ。

さて作品紹介はこの程度に、少し思うところについて雑談を書きたいと思う。

皆さん、政治を巡る言論って「悪口に満ち溢れている」と感じることはないだろうか?
SNSの匿名発言のみならず、有名な人気者評論家や批評家、政治当事者さえも、悪口トークを平気で口にするように感じないだろうか?
政治だけでなく一般的な話題においても、人批判が目立つ世の中だと感じないだろうか?

「有徳」との絡みで言えば「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるが、現実に目にするのは「罪を成した人を憎む」発言・言論ばかりの時代になってしまったと感じずにはいられない。

しかし、これはよく見極めなければならないだろう。

「行為批判」と「行為者批判」は似て非なるものだと捉えられる目と、発言に気を付けていく自制を養わねばならないと私は常に思う。

例えばタバコのポイ捨てを批判する言動があったとする。
「タバコのポイ捨ては許せない」という発言と「タバコのポイ捨てをする人は許せない」という発言は、同じようなことを言っているようだが実はかなり性質が異なる。
前者は「ポイ捨て」という単体の行為を問題視しているのに対し、後者は例えば、「ポイ捨てするような人は、どうせ喫煙マナーも悪くて禁煙の道端でも吸っちゃうような人で、要するに周りの迷惑も考えないような人間だ」というような推測を孕んだ人格批判を行なう発言なのだ。

しかし冷静に考えてみると、「どうせ〜」以降の部分というのは、何か証拠はあるだろうか。
実は多分に推測に過ぎず、少なくとも論理的に導かれた主張ではないのである。

人批判にはまだ悪弊がある。
人批判は人格批判に陥り、やがてはその相手が「悪人」だと決めつける思考停止に至る。
こうなると、その相手がたとえ良い事をしても正当に評価できなくなってしまうのだ。

現代に満ち溢れているのは、一つ一つの政策や行為の是非を問う行為評価ではなく、人批判の言論・言動だろう。

先日、安倍元首相の痛ましい事件があった。
これを巡り、これまで安倍氏の政策や振る舞いではなく、安倍氏の人格を攻撃し口汚く罵ってきた「日本型リベラル」層の多くが、「謹んでお悔やみ〜」みたいなことを言っていることに、違和感を感じないだろうか?

人批判というのは、やってる本人は自覚しづらいものだ。
ただそれもそれも無理もないことかもしれない。
人は普通、誰かに嫌なことをされたら、やられたことそのものに対してよりもそれをやった人のことが嫌いになるものだ。
怒りが行為よりも人に向くのはある意味自然な感情である。

だからこそ、感情というものがそういう性質で働くものであるからこそ、言動は、言論は、人批判にならないように、そのために人は知性を磨かなければならない。言葉が暴力とならないために。

鷹山の「徳治」は、徹底して「罪を憎んで人を憎まず」を貫いたものであった。
こんな「悪口トーク」に満ち溢れた世の中だからこそ、鷹山は今読まれるべき作品だと思った次第である。

感涙度:★★★★☆
誰でも鷹山のようになれるわけではねーよ度:★★★★★
それでも鷹山は傑出した人物度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★★

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