書評:バルザック『谷間の百合』
女性における愛と操、男性が求める恋と快楽、視座が変われば評価が変わる物語
今回ご紹介するのんは、フランス文学よりバルザック『谷間の百合』。
青年フェリックスの破局的な恋の顛末を描いた作品である。
プロットの展開にそれほど抑揚はないものの、「人」というものの描写の精緻さ、および詩的・美的な表現の巧みさはさすがバルザックである。
途中までは淡々とした内容であったが、後半一気に物語が加速し、密度を増し、読む者の胸に訴えてくる迫力がある作品であった。
私はこの作品を読み進めていく過程で、アンリエットという女性に対する評価や感情が何度も変化した。とてもいい意味で、読者を裏切りの連続に陥れてくる。
アンリエットは、清廉潔白で、貞操な女性である。そうでありながら、明らかにフェリックスに惹かれ、恋心を抱き、それを高ぶらせていく。しかし、彼女は決してその操を破ることはなかった。誠に高貴な女性である。
それが、フェリックスの裏切りに直面し、嫉妬に苦しむことになる。
ここでは正直、フェリックスに期待を抱かせながらも拘束するだけして実質的には何も与えなかったことからくる自業自得的な印象を受けた。
しかしそれでも、彼女はその苦しみを内に秘めながらひたすらその操を拠り所とし、生きようとする。
だが、最終的には彼女はこの苦しみに耐えきれず、命をも失うことになってしまった。
遺言としてフェリックスに宛てられた手紙から浮かび上がるアンリエット像は、「自身のエゴイズムと戦い続けた孤独な女性」という姿であろうか。
アンリエットは非常に高貴に描かれ続けるが、それは超人的な生き様では決してないように思う。エゴとの闘いは心を律する人であれば誰しもが経験するものである。その意味で、彼女もまた1人の人間なのだ。
彼女の卓越性は、むしろバルザックの表現・描写に拠るところが大きいように思った。
しかしバルザックは単にアンリエットを高尚に描くことでは終わらなかった。
最後にその生き様を非常にシニカルに評するという舞台装置を用意してみせ、読者に「何が正しい生き様なのか」を迷わせるという仕掛けを提供する。この仕掛けには私も少なからず驚かされた。
全体を通して、非常に胸に迫るような切ない作品である。
恋はいかにあるべきか、否、恋に「べき」などあるのだろうか。
私の中で、答えは闇の中である。
読了難易度:★★☆☆☆
感想で恋愛観バレる度:★★★★☆
男女の諍いの種度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★☆☆
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