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センセイの鞄

小説には2種類あると思う。
1つは、適齢期が決まっている本。
もう1つは、歳を重ねるごとに味わいが変わり、ずっと楽しめる本。
センセイの鞄は、後者だ。

この本と出会ったとき、私は中学生。
本の虫な私を気に入ってくれていた図書室の先生は、新しく入荷した本で私が好みそうなものがあると、書棚に置く前にこっそり貸してくれた。当時の私はファンタジーが大好き。趣味を心得ていた先生からの推薦はいつも楽しい冒険に誘ってくれるものばかりで、「センセイの鞄」はかなり異色のものだった。たぶん、先生が貸してくれなければ手に取ることはなかった。

とはいえ、ある意味で私にとって新たな冒険世界がそこには広がっていた。
自分よりずいぶん年上な30代の主人公”ツキコ”。行きつけの居酒屋でつまみと酒を楽しむ。そこに現れるツキコの高校時代の国語教師”センセイ”。
純粋に「大人って楽しそう」と思った。彼らは美味しそうに私が知らない大人の食べ物を飲み、食べ、そして時に泣いたり笑ったり怒ったりする。
購入して本棚に並べると、ちょっぴり大人になれた気がして心が弾んだ。

二度目に読んだのは高校生の頃。センセイが作中で諳んじる作品を実際に学校で学んだり、国語の授業でツキコとセンセイに想いを馳せたりした。そして2人の間に芽生える”愛”とも”恋慕”とも言えない何かが捉えられなくて、この作品が少し苦手だと思った。だけどなぜか、手元に残した。

三度目は大学時代。通学時間は2時間を超えていたので、たくさんの本をファストフードのごとく消費していた。あるとき読みたい本がなくて、「ああ、そういえば」と手に取った。夢中になった。それから何度となく読み返した。何度も何度でも。

読むたびに、この作品は私の人生にじわじわと染み込む。
日本酒をお猪口に注ぐとき、舌が震えるくらい美味しい肴を食べたとき
愛する人を想うとき、寂しさで心がぐちゃぐちゃになるとき
大人げなく泣くとき、うれしくって身体が弾んでしまうとき
日常生活のふとした場面で、ツキコとセンセイを感じる。

ことし30歳になって、私はツキコと同世代になった。
やっとか、と思う。
これからまた10年、20年経って、この作品と私の関係はどうなっているのか。楽しみすぎて、はやく歳をとりたくなってくる。

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