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一人百物語

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記事一覧

白い彫刻

いつもの通勤電車でのことよ、と女性は話し出した。
 少し疲れた顔をした彼女は、聞くところによると二児の母であり、子を保育園に預けた足で職場まで一時間弱電車に揺られて通勤しているらしい。
「毎日ラッシュの終わり際に上り電車に乗るの。ピークほど混んでないにしろ、座れるほど空いてもいなくて……いつも立って車窓をぼんやり見ているのだけれど」
 女性はためらいがちに、車窓から見えたもののことを語る。

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視線

もう解決したといえばしてる話なんだけど、それでもいいのか? と背の高い青年が後ろ頭に手をやって問う。もちろんとうなずけば、青年は忘れかけの記憶を掘り起こすようにのんびりと話し出した。
「もう五年は前のことなんだけどさ」
 精々仲間内で「すこし不思議な体験」を持ち寄って語るような、気軽な語り出しだ。

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高校卒業して、大学は実家から遠いとこに決まったから、春に引っ越しをしたんだよ。よくある話

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田の怪

 もう何年も前の話だ、と彼は語り出す。
 精々高校生だろう若い顔は、田舎の迷信深い老爺のように、疲れた色をしていた。
「父親の田舎は、田んぼしかないようなところで。盆時期とか、夏に帰ると蛙と虫の声がうるさくて寝られないような、そういう場所だった」
 青年はそっと耳をふさぐように両手を持ち上げたが、結局その手を膝の上で拳の形に結んだ。

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 夜に、田んぼのど真ん中を歩いたことはあるか?
 夏

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手つなぎ鬼

 おかしなクラスメイトがいたんだ、と青年は語りだした。
 黒の詰襟を着て、落ち着かない顔でポケットの蓋をいじっている。
「左手が動かないやつと、そいつにいつもくっついてるやつ」
 それが揃って、数か月前にいなくなったのだという。
 大して深く付き合いがあったわけでもなかったが、それでも同じハコに詰めて並べられた、友人、というくくりの存在が妙なことになって、気持ちの整理がつかない様子だ。

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