浪人生活の間にメンタル不調になったとき~書かれざる試験科目対策~

1.浪人生活を始める・続けるときに生じるメンタルへのリスク


浪人生活が長引けば長引くほどメンタル不調に陥るリスクは高まっていく。成功している(ように見える)周囲の学生や社会人と比べて自分自身の不安定な社会的立場から生じる漠然とした不安、周囲から孤立して一人で自室にこもって勉強しているうちに生じる生活リズムの乱れ・不摂生、「自分の進路選択はこれで本当に正しかったのだろうか」といったふとした疑問から生じてしまった後悔、(主観では)勉強しているのに模試で全然良い結果が出せず本番までの日数がどんどん近づいていくプレッシャーetc.といった些細なメンタルへの地雷が浪人生活には潜んでいる。特に司法試験の浪人生活においてはロースクール修了によって司法試験の受験資格を得る場合、25歳を超えて受験生になることも珍しくは無い。そうすると、先に進路が決まっている同期や友人、先輩後輩等からSNSで「転職しました」「結婚しました」「出産しました」「子供がどんどん大きく成長しています」といった報告を受ける度に「同期や先輩後輩は一生懸命に生きて上手くやっているのに比べて自分は一体何をしているのだろう」と不要なダメージを負うこともしばしばである。「SNSやめろよ」と言われればそれまでなのだが、下手にSNSを完全に断ってしまうと私のような一人暮らしの浪人生の場合、一層孤立するリスクを増やして結果的にメンタル不調になりかねないのがこの問題の面倒くさいところなのである。


肉体的な事故や怪我と異なりメンタル不調とは目に見えて悪い部分が可視化されてくれるわけでは無い。仮に「病んでるな」と思っても「気の迷い」「努力が足りないせい」「怠けたい言い訳をしているだけ」といった安易な精神論に走って素人が無理を続けてしまう(あるいは、周囲の素人が無理をさせ続ける)こともしばしばである。こうしたメンタルの不調を見過ごしていく内に、漠然とした「やる気が出ない」といった気持ちから「ベッドから起き上がりたくても身体が鉛のように重くて動けない(起きようとすればものすごい気力を要する気がすると感じてしまう)」「喉や胸が締め付けられるような苦しさがある」「食欲が湧かない」「いっそ死んでしまえば楽になれるのでは」といった症状が数日でも続いてしまえばそれは既に危険信号を突破してしまっている。こうした肉体的な不調が出て初めて近所の内科なり大きめの病院に急いで受診してみても、何故か「身体に異常は見られない」といった診断結果が下されることも珍しくはない(まれに肉体的な異常が見つかることもあるので「全くない」とは言い切れない)。「だったらこの自分の感じる痛みや不安は何なんですか!初めから痛みも何もないなら初めから受診なんてしませんよ!」と言い出したい衝動をグッとこらえて帰路についても結局治るわけでもなく、原因のよく分からない体調不良を抱えたまま浪人生活を送ってしまうことになり、本番を迎えられてもコンディションが絶不調の状態で迎えることになってしまう状態では良い結果を臨むべくもない。実際私自身も二、三回目の司法試験は全然良いコンディションを迎えることが出来ず、四回目に至っては限界を超えてしまい受験さえ出来なかったのだから。

2.メンタル専門の病院に対する見えないハードル


一方で、情報化社会である現代においては上記の症状は精神科や心療内科、あるいはメンタルクリニックに行けばよいのであろう、とスマホで自分の住んでいる家から近場のメンタル専門の病院・クリニックを調べて探すことは一昔前に比べれば随分容易になっている。しかし、一度もメンタル系の病院・クリニックを利用したことが無い人は様々なハードルが待ち受けることになる。

まず、そもそも自分がメンタル系の疾患に罹っていることを認めたくないという心理的な抵抗である。「精神を病む者は軟弱者」という偏見は残念ながらまだ少なからず存在するし(家族や学校、職場等身近にそのような偏見もちがいると一層病状の悪化・回復の遅れが深刻化するものである)、仮に自分自身がそうした偏見を他人に対して持つようなことはしないまでも「まさか自分がそのような疾患に罹るとは思ってもみなかった」というのが正直な心情ではなかろうか(まずはそうした認識を素直に認めることが肝要である)。そうすると、「いや、やっぱり気のせいでは」とせっかくメンタル専門の病院の所在を調べても受診することなく、もしくは調べたことで満足してしまってメンタルの不調(およびそれに伴う身体の不調)を放置してしまうこともしばしばである。

また、総じて心療内科は事前の予約が必須になるということと、予約した上で受診できるのが早くて1~2週間はかかるというのもネックになる。「1、2週間もあったら勝手に治ってるよ」と言いたくなるが、心療内科の受診にはそれなりのタイムラグが生じることを知らないとその場で受診できなかったことについて不要な怒りを起こしてしまいかねない。最悪、クリニックと窓口で揉めて警察沙汰にでもなったら目も当てられない。健康的なメンタルであればそんなこと起こるはずも、まして自分が起こすはずがないといえるのだろうが、実際にメンタルに余裕が無くなると普段からは絶対に考えられないような非合理的な行動を起こしてしまうのが人間である。実際に心療内科を受診する際には是非知っておいて欲しい知識である。

※ちなみに、即日受診可能なメンタルクリニックというのは個人的な経験を踏まえても地雷の可能性が高いと思われる。即日受診可能なメンタルクリニックというのは受診者の回転率の高さで運営がなされているので、個別の応対時間が短く自分の求める治療や処方、情報提供がなされない可能性が高いからである(あくまで医学的素人の個人の意見である)。もしかすると、軽度の精神的に弱っているだけの状態であるならば、あえて親身な対応をしない・客観的に突き放した方がかえって精神的な回復が早まるという見解も存在するのかもしれないが、心療内科にそのような対応を望まないのであれば予約必須となっている心療内科を自分で調べて受診することを勧める。こうした心療内科は受診までのハードルを少し高めに設定することで重要な案件の仕分けをして、実際に受診してきた患者さんに適切なケアをしていることが期待できるからである。

3.浪人生活を始める・続けるならばメンタル疾患への対処も学べ


メンタルに限らず自分が健康なときにわざわざ「健康」について学ぶことも意識することも実践しようとすることは少ない。そして、自分の健康が害されて初めて「健康」を意識するようになる。しかし、健康の大切さに気付いてから元の健康を取り戻すためにかかる費用や労力は想像以上に大きなものとなる。「こんなことになると知っていれば初めから健康的な生活を送っていたのに」と思っても後の祭りなのである。また、仮に健康的な身体に戻れたとしてもここで学習をしないと過ぎ去った痛みは過去のものとしてまた同じ過ちを繰り返してしまうのである。

こうしたメンタル不調および身体不調は浪人生活が長引くほど生じるリスクが高まる。浪人生活が長引くリスクとしては単純な浪人生活中の生活費や予備校・模試代、生涯賃金の低下といった経済的ものはよく取り上げられるがメンタル疾患のリスクやメンタル疾患に伴う様々な社会的不利益といったものはなかなか表に出てこない。現在、浪人生活を継続されている方はもちろんのこと、仮に受験生ではない学生や社会人の方がこの投稿を読んでいるのだとすれば、メンタル疾患は誰の身にも起こりうるということを知っていただきたいと思っている。現在は問題なくとも将来の(予測し得ない)事情の変化によって突然メンタル不調に陥ることも珍しくはない。あるいは、自分はメンタルが強いからといってそれを安易に他人に求めてはいけない。口癖のように他人に「努力が足りない」だの「甘えるな」といった抽象的な文句を言って終わってはいないだろうか。自分が成功したからといってその方法を他人に無理矢理押しつけてはいるまいか。如何なる成功論・思想・信条を持つことは我が国の憲法で保障されているところであるが、それを他人に「これは良いものだ(だからお前もやれ)」と強要することは立憲民主主義国家に生きる人民の取るべき態度ではない、などということを元司法試験浪人生の一法学徒として言ってみる。

※一方で、こうした言葉に苦しめられているのであれば「本当に優秀な人はもっとこちらの話をよく聞いて、専門家ではないにせよ有益で具体的なアドバイスの一つ二つはくれるよな」等と論理的に冷静になる訓練を試しにしてみて欲しい。今回の投稿で主に取り上げるのは社会から孤立しがちな浪人生向けの(個人的経験に基づく)メンタル対策なので人間関係から生じるメンタルトラブルは専門外なのだが、それでも心の抵抗力を上げる訓練というか発想法を持つことは大事である。どのような形であれ浪人生活はいつかは終わる・終わらせなければならない以上、その後には嫌が応にも人と少なからず関わることになるのだから。そして、こうした訓練をしていく内に「強い言葉しか吐けない人は今まで自分の出来ることしかしてこなかった可哀想な人なのだなぁ」等と自分なりの価値基準が持てるようになる。そうしていくうちに本当に困っている人(たとえ目の前にいなかったとしても)に対して直接助けることは出来なくても何か心の支えになれるような言葉の一つ二つを送れるようにはなるだろう。

閑話休題。たとえ試験科目として課せられていないとはいえ浪人という茨の道を選んでしまった以上、万が一は百が一くらいには起こりうるものとしてメンタル疾患に関する知識は備えていた方が良い。書かれざる試験科目として「体調管理」が課せられているという意気込みを持つくらいが丁度良い(私はその意気込みを持つのが遅すぎて失敗したともいえる)。そういうわけで、個人的なアドバイスをいくつか挙げる。

①メンタル疾患やメンタルケアの知識を仕入れる
もちろん、専門的な学術書を読み漁れということでは全くない。診療心理士でも目指さない限り、勉強の方向性をずらしている余裕は浪人生には(現役受験生であっても社会人であっても)ない。ただ、ネットの記事だけでは信憑性に不安があるというのであれば、素人でもわかりやすい本をここでいくつか紹介したい。
『マンガで分かる心療内科』シリーズ(ゆうきゆう原作・ソウ作画、少年画報社)
→原作者のゆうきゆう先生は精神科医でもあるので内容には一定水準の信用性があると思われる(メンタルクリニックギャグマンガであるがギャグのクオリティの判断は自己責任でお願いします)。「心療内科」と銘打っているが扱っているテーマは病気から恋愛、自己啓発的な内容と幅広く扱っている野が特徴。シリーズものであるが基本的には一話完結もので一つのテーマを扱ったものは一冊に収まるようになっているので、自分の興味・関心のあるものから手を伸ばすのもアリ。値段も1冊600~700円台なのでそこまで出費がかさむことは無い(司法試験対策のテキストやロースクールの授業用の書籍の方が何倍もかかる)。簡単なところから心療内科やメンタルケアに関する知識のハードルを下げるのにオススメ。

『うつヌケ』(田中圭一作、角川書店)
→タイトルの通り、うつ病に関する内容に特化したマンガ。上記のゆうきゆう先生もゲストで登場する。自律神経失調症や適応障害の場合には直接は役に立つ情報は載っていないかもしれないが、それでもうつを経験した人の話を書籍で体験することは自身の苦しみを相対化することに役立つと思ったので紹介する。

『まんがでわかる自律神経の整え方』(小林弘幸・一色美穂著、イーストプレス)
→個人的な体験に基づく素人の憶測であることは否定できないが、それでも浪人生が陥るメンタルの不調、体調の乱れの原因は自律神経が乱れている可能性が高いと思われる。1、2週間不調が続くようなら適切な医療機関への受診をして適切な薬を処方してもらう必要はあるが、それでも患者本人が謝った生活習慣を修正できなければ結局同じことを何度も繰り返してしまうだけである。そうならないためのわかりやすいマニュアルとしてこの本はオススメである。

※眠れなくて困っているというのに『図解 眠れなくなるほど面白い自律神経の話』(小林弘幸著、日本文芸社)というタイトルはどうなのかしらと思わなくもないが、こちらもわかりやすいのでオススメする。

②適切な医療機関を受診する
一番確実なのは心療内科を受診することであるが、上述の通り予約が1~2週間先になるということは頭に入れておくべきである。また、心療内科は初診の受診だけでも費用が高くなることにも注意を要する。最低でも6~7千円程度は要することを覚悟しておく必要はある。通常の内科受診の雰囲気で心療内科を受診してしまうと予想以上の出費に面喰らってしまうことになるのであらかじめ自分の受診予定の医院の料金は確認しておくべきである。

とはいえ、当人としてはすぐに診察して薬を出してもらいたいのが心情である。また、一人暮らしであるならいざというときのフットワークも軽いだろうが、同居人がいる場合だと心療内科に対する理解不足や偏見から自分が心療内科を受診することに抵抗があるということもあるだろう(身近な親族がそういう状態だとそれだけで治るものも治らないというものである)。特に大学受験までの受験を経験する場合、受験生は未成年であることが多いであろうが、未成年の受験生が心療内科の受診をしたいと思っても親権を持っている親がそれをよしとせず「気持ちの問題」と一刀両断して適切な診断が事実上出来ないことも考えられる。

こうした場合の抜け道として、一般の内科(胃腸内科、消化器科等を含む)の受診を勧める。わざわざ病院を受診すると言うことは何かしらの肉体的な不調(頭痛がする、食欲が無い、もどしてしまう、腹痛が止まらない、眠れないetc.)が現れるはずであるから、これらの痛みを止めるための薬をもらうために内科を受診するといえば同居人にしても体調不良を訴える本人にしても心理的なハードルはだいぶ下がるはずである。また、国民健康保険という制度によって医療費が3割負担で済むのだから、自然治癒に委ねて貴重な時間を無駄にするくらいなら国の制度に大いに甘えた方がかえって安上がりになるという意識を持った方が余計なストレスを感じなくてオススメである。金銭は後にいくらでも回収することは出来ても時間や若さは二度と手に入らない以上、「時間を金で買う」ことで受験対策に貴重な時間を充てて欲しい。ましてや浪人生であるなら尚更である。

そして、メンタル不調が原因で身体に不調をきたし内科を受診する場合、メンタルに効く薬はこちらから打診しないと処方してもらえないことに注意すべきである。内科医といえども医学・薬学・看護学・栄養学etc.全てに精通しているわけではない。薬一つとっても、西洋医学に基づく薬だけでなく漢方まで詳しい医者というのは極めて少数派なのである(漢方薬の専門家が西洋医学に基づく薬に詳しいとは限らないことと同じである)。

内科医の専門から大きく外れた精神作用のある薬の処方は難しいかもしれないが、私の実体験として内科・胃腸内科の先生にこちらから打診して処方してもらえた漢方薬を一つ紹介する。その名も、「半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)」である。私の場合は元々過敏性腸症候群が起こりやすいことに加えて、令和2年の終わり頃から令和3年の4月にかけて喉のつっかえや胸部の痛みを覚えたので、最後の司法試験の約1ヶ月前に内科を受診して薬を処方してもらうことにした。その前に偶然視聴していた薬学系Youtuberさんの動画で紹介されていた漢方薬こそが半夏厚朴湯である。他の胃腸に効く薬と合わせても、薬局で半夏厚朴湯を購入するよりだいぶ安く大量に仕入れることが出来た。おかげで最後の司法試験は体調という面で言えば最高に近いコンディションで受験しきることが出来た。薬局に行けば半夏厚朴湯だけでなくいろいろな種類の漢方も売っているので、薬局で購入する前に一度どんな種類の漢方があって自分の症状に合う漢方がどれなのか、それをメモした上で内科医に「○○という漢方を処方してもらえませんか」と申し出てみるといい。私の場合は「自分の身体の不調は精神的なものに起因すると思うのですが、半夏厚朴湯が自分の症状に合うと聞いたことがあるのですが、処方してもらえますか」といったようなやりとりを経て1ヶ月分の半夏厚朴湯を処方してもらえた。

③そもそもメンタルが崩れるような生活を送らない
「それが出来たら苦労しねぇわ‼」と自分でも書いてて思うわけだが、実際その通りなのだから仕方が無い。浪人生活においては少なからずストレスがつきまとうことは避けられない事実なので、無理矢理にストレスを排除するのではなく上手くストレスとの付き合い方を模索する必要がある。あえてストレスを排除すべきでないとしているのは、全くストレスが無い・緊張感の無い浪人生活を送ってしまうと今度は学習にメリハリがなくなりだらだらと勉強してしまう結果、結局浪人生活が長引くことになってしまうからである。また、人生においては適度なストレスが存在する方が良いともされている(詳しいことは上記の本にも記載されている)し、ストレスがあることがそのままメンタルの崩壊につながるとは限らないのである。

では、メンタルが崩れないようにするにはどうすれば良いのか。個人的な経験も踏まえて、いくつかに項目を分けて紹介する。

a. 身体を動かす・運動する
まずはきっちり運動をすることである。と言ってもスポーツをがっつりしなければならないわけではなく、散歩など外を出歩くだけでも十分である。一番いけないのは家の中で座りっぱなしのまま引きこもることだ。筋肉が落ちると勉強を継続する体力もどんどん落ちてしまい勉強の効率も結果的に落ちてしまう。学校の時間割に体育の時間が設けられていることにも一定の合理性はあるのである。外出が出来ないのであれば、ラジオ体操第一や部屋の掃除をするだけでもいい。Youtubeで部屋でもできる運動を紹介している動画を視聴しながら一緒にしてみるというのもいい。とにかく実際に身体を動かしてみることが何より大切なのである。こればかりは頭で分かった気になっただけでは意味が無く、実際にちゃんと面倒臭がらずに身体を動かして初めて意味を持つものである。

b. 起床時間・食事時間を受験当日の日程に併せて調整する
受験はたいてい午前中から始まるものが多い。特に、司法試験は間に休日が挟まるとはいえ論文試験が3日間、短答試験が最終日の4日目に課せられる。不規則な生活をしていると普段まだ寝ている時間に本気で頭を働かせ、胃腸が十全に機能しきっていない時間が昼食時間と重なってしまったり、試験の本番の期間中に体調が悪くなるリスクがどんどん上昇することもある(夜型・昼夜逆転生活に慣れてしまった浪人生がしばしば陥ることであるが)。夜型・昼夜逆転生活に慣れてしまっている受験生・浪人生は朝方、というよりは受験当日に具合が悪くならない程度に身体のリズムを調整することを勧める。せめて本番の1か月前くらいから調整を開始しておかなければ、夜型・昼夜逆転生活に慣れきってしまった身体では1週間前や数日前に急に都合よく切り替わってくれるものではないことを自覚すべきである。宅建や行政書士試験のような1日で終わり、しかも午後から開始する試験であればまだ多少の無茶は効くのかもしれないが、司法試験のような午前中から始まり数日かけて行われる試験では何が起こるか分かったものではないから、体調管理も余裕をもって行うくらいがちょうどいいのである。試験直前期になれば基本的にどれだけ勉強しても言いようのない不安に襲われがちなのだから、余計なメンタルを崩す要因を作ってやる必要はない。

また、食事にも気を使った方がいい。人によっては緊張したりプレッシャーを感じるとそれだけで食欲が激減したり、あまり食事量が変わらなかったりと千差万別というか個人差が大きいと思われるので、「自分は本番が近づいたり本番当日になるとどのような身体的反応が生じるのか」といったことをきっちり自覚する必要がある。自分の体のことはこの世で自分にしかわからないからである。「自分はいつもこの時間にこの量は絶対食べないと駄目」とか「私はこの状況だとむしろ食べないほうが調子が良い」といったものを今までの経験から思い返して、本番当日にどういう食事を用意するのかも考えるのである。どうしても食欲が減退しすぎて辛いというのであれば内科・胃腸内科を受診して適切な薬を処方してもらうことを勧める。「この食欲不振は精神的なものが原因なのだから、根性で乗り切ろう」等と勘違いすると本番で後悔することになる。私は最後の司法試験1か月前に近所の内科・胃腸内科を受診して、過敏性腸症候群に効く胃薬・漢方薬(+上述の半夏厚朴湯)を処方してもらったおかげで、最後の司法試験当日は最初の受験時に比肩するほど良好な状況で迎えられた。

c. 部屋を片付ける・掃除をする
汚れた部屋や、荷物が無造作に置かれたり積み重ねられたりした部屋に長期間いるとそれだけでメンタルに不調をきたすだけでなく、肉体的にも不調を伴いやすくなる。埃まみれの環境にいるだけでも呼吸器系の疾患を生じやすくなるし、何か臭いが発生しているとそれだけで気が滅入るものである。また、物が無造作に多く床に置かれてたりすると単純に怪我をするリスクが増える。地震が発生すると普段は絶妙なバランスで保たれていた荷物が崩れて不要な怪我を負ってしまうことも考えられる。あるいは、風呂や台所、トイレ等日常生活を送る上で一度は必ず目につくものが汚れていたりすると、その汚れもメンタルをマイナスの方向にもっていきかねないし、場合によっては「この目の前の汚れも落とすことのできない自分はダメなやつ」等と謎の卑屈なレッテルを自分に貼ってしまうことになる。

こうした状況に陥らないためには、部屋を片付ける・掃除をする習慣を身に着けることである。こうした作業は上述の「運動をする」ことにも係っているので一石二鳥ともいえる。部屋の掃除・片付けにも色々と種類があるので思いつく限り場合分けをして紹介する。

①書籍や参考書
受験(特に長期化した浪人生活)で量が増える物の一つであるが、一番オーソドックスな方法はちゃんとした本棚を購入してそこに収納することである。本を立てて日本語の背表紙を縦読みできるのが理想であるが、蔵書の量が多くなってしまいとにかく収納できればいいというのであれば本を横に寝かせるなどして収納可能数の増加を図るのである。

そもそも本棚を買えない(わざわざ本棚を買うスペースがない)、本棚があってもなお蔵書数の方が上回るというのであれば、本の「断捨離」を覚悟して実行する時が来たのである。特に本棚を購入している場合は少なからず読書が趣味になっていることだろうし、本を捨てることに抵抗のあることは私にもよくわかる。

しかし、こと受験という文脈においては読んだ書籍やテキストの分量など関係なく、あくまで試験当日に100%解答欄を埋めることができたか、あらかじめ記憶してきた知識をその場で必要に応じて出したり、場合によっては適切に加工することができるかが問われているのである。そのあたりをはき違えて必要以上に難しい学術書を資格試験の勉強のために部屋に置いておいても部屋のスペースを圧迫するだけで成績の向上や、まして目標としている試験の合格など望むべくもないのである。

具体的には、司法試験や予備試験の試験科目の一つである民事訴訟法を勉強するために『重点講義民事訴訟法』(上下巻、高橋宏志著、有斐閣)なる分厚い小難しい本を読んでいるときは「自分は民事訴訟法の理解が深まった」と気持ちいい気分になることができるかもしれないが(私含めて大半は「日本語で書かれているということ以外はさっぱりわからん」という感想を抱くだろうが)、実際に論文試験の答案を書く段階にあっては結局読んで理解した(気になっている)知識をどう答案作成に活かせばいいのかわからないのが現状ではないだろうか(『リーガルクエスト民事訴訟法』を読んでも同様の状態に陥ることだろう)。

こうした高度で難解な学術書や重要判例解説といったマニアックな最新判例の掲載されている書籍、最高裁調査官解説(の原文)といったものに手を付けることが許されるのは、最低でも模試で500番(できれば100番)圏内の合格率をコンスタントに・安定的に出せる実力者のみであり、そうでないなら手を出さないほうがかえっていいし、合格だけを考えるならばそこまでする必要はない。客観的な実力がないくせにやたら高度でマニアックなものに手を出したがるのは、本当に試験で要求される地味だが重要な基礎・基本の勉強から逃げたいだけなのである。

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※ここから一旦、司法試験・予備試験受験生がマニアックな法律系の学術書等を断捨離すべきか判定するコーナー。法律に興味がなければ読み飛ばしても可。

「むつかしい法律系の学術書を普段から読みこなしているワタクシは当然基礎力がありますわ」というならば、試しに民法192条の即時取得が成立するための要件(及び例外としての民法193条と民法194条が成立するための要件)、法定地上権の成立要件(民法)、債務不履行に基づく損害賠償請求の要件(民法415条1項)及び不法行為に基づく損害賠償請求の要件(民法709条)、債権者代位権の成立要件(民法423条1項)及び詐害行為取消権の成立要件(民法424条1項)、相殺の要件(民法505条1項)、自筆証書遺言の成立要件(民法)、行政事件訴訟法上の義務付け訴訟・差し止め訴訟の訴訟要件、これらの仮の救済の申し立ての要件(行政事件訴訟法37条の3、同法35条の4、同法37条の5)、会社法上の株主総会の取消訴訟の要件(会社法831条1項)、役員等の対会社責任の要件(会社法423条1項)及び役員等の対第三者責任の要件(会社法429条1項)、刑事訴訟法上の「強制の処分」(刑事訴訟法197条1項但書)の定義、民事訴訟法上の処分権主義・弁論主義・既判力の定義や具体的な論点…といったものを九九を唱えるように瞬時に・間違わずに言えるか、あるいは書けるかといったことをやってみるといい(もちろん、司法試験の合格のためにはこれだけでは全然足りないので各自で適宜思いついた条文なり論点に関わる要件を暗唱できるか試して欲しい)。
※条文を大切にしているかを図る試金石として、例えば会社法において「役員」という表記(会社法329条1項、同法330条、同法339条1項等)と「役員等」(会社法423条1項、同法429条1項等)という表記がされていることにそもそも気付いているか、そしてなぜこうした表記がなされているかも自分で考えるなり調べてみて欲しい。

これら基礎・基本となる知識を淀みなくすらすら暗唱できたのであれば、他の基礎・基本的な知識で弱い部分や論述の表現力、答案構成力といったような現実的に合格に必要な能力に磨きをかけて欲しい。そうでないならば、やるべきことはマニアックな・学術的な世界に逃避することではなく、素直に基礎力のない現在の自分の実力のなさを認めて基本的な条文の要件の記憶をすることである。どんな基本的なテキストや六法にも載っている要件の記憶さえ怠っている者にどうして難解な観念的・抽象的な議論が本当の意味で理解し、そしてその知識を使いこなすことができようか。
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…だいぶ脱線してしまったが、要は合格に結びつかないのに買ってしまった書籍など宝の持ち腐れなので、とっとと処分した方がいろいろな意味でスッキリするということである。多少書き込みがあってもそれなりに保存状態のいい学術書であればそこそこのいいお値段で買い取ってくれる古本屋もあるので、ゴミとして捨てるだけでなく換金可能性も考えてみるといい。もちろんメインはあくまで「部屋の片づけ」なので、収益を期待してしまうと落ち込んでしまうことになるから古本屋に買い取りをして処分する場合は「片付けのついでに多少小遣いがもらえるかも」といった意識を持つことをオススメする。

②その他レジュメ、印刷物、ファイル等の荷物・私物
目の前の受験・資格試験の合格に必要のない、役に立たない書類は古紙回収に出してしまうのが一番手っ取り早い解決方法である。「いつか役に立つかもしれない」書類はたいていいつまでも役に立たないままスペースを食い潰すだけなのである。

d. ストレスの元凶に向き合う・対策を講じる
メンタル不調を回復する手段の一つとしては、「ストレスの元凶から逃げる」というものがある。職場におけるストレスから逃れるというのであれば配置転換を希望したり休職や退職・転職をするといったことが考えられるし、受験という文脈になれば受験そのものをやめて就活など別の進路選択をするということである。もちろん、これらの選択を否定するものではない(私自身が結果的にはこうした選択を選んだようなものなので)。しかし、ここで取り上げたいのは、あえて辛くても受験から逃げないことを選択した場合の対策である。前置きが長くなってしまったが、その対策は至ってシンプルである。身も蓋もない言い方をしてしまえば、「勉強で感じたストレスは勉強で発散しろ」というものである。

「受験そのものをやめることを否定しないといいつつ勉強のストレスを勉強で発散しろというのは矛盾してないか」と思われるかもしれないが、ここで言いたいことは「中途半端な逃避の仕方を選んではいけない」ということである。具体的にどういうことかと言えば、「勉強のストレス発散方法として、安易にゲームやネットなどに逃げ込むな」ということである。時間管理・自己管理がきっちりできる人間であれば、適切なタイミングで休憩時間に一時的にゲームやネットを楽しむこともいいのかもしれない。しかし、浪人生の大半は自己管理・勉強計画の見通しが甘い、あるいはそもそもそうしたことができない(もっと言えば、広い意味での論理的思考力が不足している)ことが原因で浪人している以上、安易にゲームやネットをしてしまうと必要以上にのめり込んでしまいかえって勉強の妨げになることもよくある。以前の投稿で社会的に孤立しがちな浪人生はゲームやネット等に夢中になり浪人生活が長引く可能性が高くなることに言及したが、そのような観点からもあまりゲームやネット等を勉強の休憩に挟むことはお勧めできない。いっそこれらをしたいのなら、初めから計画的に「ゲームやネットをする日」(ダイエット風に言えば「チートデイ」)と決めて一気にやってしまった方がいいのかもしれない。

そもそもこうした娯楽に安易に逃げてしまうのは勉強が悪い意味でストレスになってしまっているからである(安易に逃げたところで根本的な問題解決には全く寄与していないのだが)。では、どうして逃げてしまうようになるのか、どうして勉強がストレスに感じてしまうのかといえば、それは「勉強をしたところで望む結果が得られない」と思ってしまっているから、あるいは「結果が出るような勉強の方向性に修正する努力を怠っているから」「結果の伴わない誤った努力を続けた結果、マイナスの学習効果が生まれてしまっているから」である。

どれだけ長い時間や多額の金銭を投じたとしてもその方法が間違っていれば望ましい結果など得られないのである。「自分はこれだけ長い期間努力しているのだからその努力が報われないのはおかしい・こんな現実は間違っている」というのは傲慢とさえいえるかもしれない。個人的な経験則からすると少なくとも3か月、長くても半年かけていい方向の変化が全く見られない学習法は誤っている可能性が高く、そうした方法に固執してもいい結果はいつまでも得られないので学習法を修正する必要があると考える。

4. おわりに


メンタルケアは受験だけでなく、受験に合格した後の生活・日常生活を豊かに送る上でもそのまま役に立つ。もちろん、長い人生においては予期せぬ出来事が起こったりして今まで構築したルーティンが崩れてしまい再びメンタルが崩れてしまうこともあるかもしれない。しかし、受験・浪人生活を通してメンタルケアの訓練を少しでも行っていれば、今までメンタルケアの訓練をしていなかった場合よりも経験則で「今自分が何をすべきか」が感覚的にわかるようになる。いささか長くなってしまったが、これを読んだ方が少しでも人生が楽になれたのなら、楽になれるヒントを見つけられたのなら幸いである。

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