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ハサミ男 [殊能 将之]

文章全体から感じる違和感に結論が出せないまま、終盤で現れる「ハサミ男」によって全てを解釈させられる卓越したミステリ小説。

美少女を殺害し、研ぎあげたハサミを首に突き立てる猟奇殺人犯「ハサミ男」。三番目の犠牲者を決め、綿密に調べ上げるが、自分の手口を真似て殺された彼女の死体を発見する羽目に陥る。自分以外の人間に、何故彼女を殺す必要があるのか。「ハサミ男」は調査をはじめる。精緻にして大胆な長編ミステリの傑作。

ハサミ男

王道叙述トリックと呼ぶべきなんだろうけれども、この小説のヤバさ加減はそこにはない。

明らかに叙述トリックだと思わせる文章と、つなぎ合わせることの難しい伏線が、ハサミ男の出現によって全てが繋がるさまは、呼んでいて爽快感ですらある。さらにハサミ「」という秀逸なタイトルによって、完全にタイトルからミスリードさせている部分も見事だと感じる。

明らかに見た目の太っている男性である「日高」と、ちょっとふくよかでありそれが魅力的である「安永」によって「太っている」コトを錯覚させることにも成功している。

医者を始めとする妄想人格を持つ自殺したがりであった「安永」の視点でずっとつづられていることに気がついた時には、全ての合点が行くようになっていることは見事。しかもちゃんと情報は出ている。

遺体発見者は二人いるにもかかわらず、一人の情報しか出てこない時点でおかしいなと感じていたものの、この違和感を解消することができない。なぜなら、「安永」であることの情報は一切出てこないで「太っている」ことと「ハサミ男」であることから「日高」=「ハサミ男」を植え付けることに成功している。さらに出てくるは「堀ノ内」。おかしさと違和感はかれにも相当しているが、伏線はあるものの決定打はない。しかし、流れが良くできているので余計なことを考えさせる余裕もない。

トリックの流れと伏線の回収はとても素晴らしいんだけれども、わたしがこの作品で感じる良さはそこではない。

結局、安永が連続殺人を行っている理由は不明確なままなのだ。

妄想多重人格をつれて、主人格も不明なままの安永だが、動機はいまいちぱっとしない。狙いをつける相手についての情報は出てくる。殺すに至る方法も詳しく書いてある。しかし明確な動機はずっと出てこない。

シリアルキラーは理解不能な理由であっても、たいてい動機がある。終わりに、安永は捕まらないことをいいことに、多くの人生の選択肢があることに(多分)幸せを感じているように見える。しかし、彼女がこれまでどういった人生を送ってきて、何が彼女をそのようにさせていたのかまったく見えてこない。親がいないことなどいくつか少しずつ情報はあるものの、決定打はない。

読者の感性に全てがゆだねられすぎていて、このモンスターをどう解釈するかが丸投げにされているとてもヤバい作品である。

そのため、読者のバックグラウンドに合わせてこの作品のヤバさも変わるのではと考えている。サイコパスやシリアルキラーの好きな人にとって、この作品はとんでもないモンスターへのあこがれさえ抱く作品である。ただ、模範手的なミステリ大好き少年・少女であれば、この叙述トリックにおける秀逸さをよしとするのではないだろうか。

わたしは結局途中からミステリ作品として読むことができなくなっていて、この「ハサミ男」は一体何を考えて、どうしてこのようなモンスターができ上がったのか、という情報ばかりを追っていた。ただ、どこにも詳しい情報などないのである。医者は好き勝手にものを言うし、父親と称される人物も現れるが、情報が断片的すぎて彼女を構成できない。

このわだかまりが妄想を加速させていく、そんな恐ろしい作品。

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