平成さわやかホームドラマ『わっしょい潤三』 第一話 麦茶の達人
約11年前、平成時代に書いたものをお持ちしました。
[ 第一話 麦茶の達人 ]
暑い夏、祭の季節。
水原潤三(じゅんぞう12歳)はお祭り嫌いな都会っ子。
今日も冷房のきいた自室で独り顕微鏡を覗いてる。
部屋の壁には映画『ドクターモローの島』のポスター。
潤三、顕微鏡を見ながら呟く。
潤三「部屋の空気中にも、こんなに…」
部屋のドアノブがガチャガチャと音を立て、父・竹光(たけみつ・46歳)
が野太い声を響かせる。
竹光「おい潤三、部屋に鍵なんてかけているのか?どうなんだ?」
潤三「かかってます」
竹光「そうか、鍵がかかっていたのか」
潤三「完全な密室にしたかったのです」
竹光「なんだ、そうか、密室にしたかったのか」
竹光の足音が遠ざかって行く。
潤三、ノートに何やら数値を書き込み、机の上に置いてある『ラップの被さったマグカップ』を手に取る。
マグカップには『じゅん三』と名前が書いてあり、中身は茶色い麦茶。
ラップを剥して麦茶を見つめる潤三。スポイトで少量採取し、プレパラートに垂らす。
窓の外には真夏の青空。エアコンから冷房の風が勢いよく出ている。
顕微鏡で先ほど採取した麦茶を見る潤三。
潤三「水出ししている、沸かさずに水出ししている」
夕暮れ、犬の散歩をしている老人がトボトボと歩いている。
水原家の庭先から賑やかな声が聞こえてくる。
犬が漂ってきた夕飯の匂いを嗅ぎつけ立ち止まる。
老人「いい匂いだね、ソースの匂いがする」
水原家の居間では一家団欒の風景。
ちゃぶ台には携帯型ガスコンロ2基が並び、その上には使い込まれた大きな鉄板。
竹光、あぐらをかいた姿勢で鉄板上で焼きそばを焼いている。 足の裏が汚い。
母・佐紀子(さきこ43歳)がガラスポットの麦茶をコップに注ぎ、潤三に手渡す。
潤三、コップをゆっくり回したりしながら麦茶を観察する。
竹光、鉄ベラで焼きそばをかき回しながら、
竹光「我が家の焼きそばには三つの秘伝が隠されている」
佐紀子「あら」
竹光「まず鉄分をよく含んだこの使い込んだ鉄板」
潤三「麦茶、沸かしていないの?」
佐紀子「なに?潤三」
竹光「そして2つ目は」
潤三「麦茶は水出しより沸かした方がいいらしいよ」
佐紀子「そうよね、お母さん知ってる」
竹光「ぎりぎりまで焦げ目を付け、今はじっと我慢」
潤三「沸かすことによって水道水の嫌な臭いも消えて、 細菌もお湯を沸かすことによって死滅するらしいんだ」
佐紀子「そうね、お母さん知ってる」
潤三「夏は菌が繁殖しやすくて、菌の持っている毒性によって 腹痛や下痢を引き起こすそうで、酷くなると血便なんかも」
竹光、麺を空中に舞い上げて遊んでいる。
潤三「麦茶のパックもよく密封してないと、袋を輪ゴムで止めているだけでは」
佐紀子「そうね、お母さん密封することにする」
竹光、焼きそばを宙に舞わせながら遊び混ぜていると、破裂したイカからの汁が目を直撃。
竹光「熱い」
焼きそばが竹光の膝や足の裏に落ちる。
潤三、足の裏に落ちた焼きそばをチラリと見る。
竹光、素早く焼きそばを拾い上げ鉄板に乗せると、何事もなかったように混ぜを再開。
潤三、竹光の顔をじっと見る。
竹光の汗が焼きそばにしたたり落ちるている。
潤三「お父さん」
竹光「すまない」
潤三「僕はその焼きそばを食べるよ」
竹光「そうか…」
潤三「なぜなら、加熱することにより細菌は死に絶えてしまうのだから」
佐紀子「賢いわ潤三、偉いわ潤三」
竹光「お前はきっと長生きするだろう」
潤三のお皿に焼きそばを盛る竹光。足の指に挟まっていたイカとキャベツをそっとお皿に忍ばせる。
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